【読書】本田由紀『社会を結びなおす』岩波ブックレット

本田由紀『社会を結びなおす』岩波ブックレット 899 2014.6.4
https://www.iwanami.co.jp/book/b254436.html

 著者の本田由紀さんは、教育社会学者。
 教育について研究しているうちに、「若者たちが卒業したあと、どのような仕事に就いているか、どのような人生を送っているか」にまで、関心が移ってきた。
 その研究について、現時点での到達点を、簡潔にまとめた一冊。

1 戦後日本型循環モデル

 日本は、戦後、人間の人生について、社会のなかで一定の循環が成立するモデルを形成してきた。

仕事:父親が会社人間として働き、一家の生計を立てる。

家庭:母親が専業主婦として家事に勤しみ、子どもの教育へ全力を注ぐ。

教育:子どもは学校及び学習塾での勉強に勤しみ、いい学校に入ることへ全力を注ぐ。男子は、いい企業へ就職することを目指す。女子は、いい企業へ就職した男性と結婚することを目指す。

 仕事⇒家庭⇒教育・・・ 仕事⇒家庭⇒教育・・・
 この繰り返し。この循環に乗っているかぎり、安定して生活していくことができる。そういう仮定があった。
 なお、このモデルは、性別役割分業、そして年齢別役割分業を前提としていた。

2 目的の喪失

 この循環は、繰り返すうちに、循環すること自体を目的とするようになった。

仕事:何のために働くのか? 家族と生きてゆくためといっても、長時間にわたる労働が原因で、父親は家庭にいない。しかも、一家の生計を立ててゆくためには、会社の言うなりに働くしか、仕方がない。残る道は、会社での仕事に、ただただ没頭すること。

家庭:何のために人を愛して、一緒に暮らすのか? 父親は家庭にいない。子どもへの教育に、一心に愛情を注ぐことになる母親は、子どもとの間に葛藤を引き起こす。

教育:何のために学ぶのか? いい学校へ行くため? いい企業へ行くため? そのための受験競争に適応できない「落ちこぼれ」は、不登校になり、ひきこもりになる。

 仕事・家庭・教育は、それらが本来、有していたはずの目的を、失っていった。

〔中島コメント〕

 独身の私には、周囲の人々から、「早く結婚しなさい」という言葉が、よくかかります。どの口からも、「早く結婚しなさい」。「ひとを愛しなさい」ではないことが、不思議です。「早く結婚しなさい」。結婚すること自体が目的となっている言葉ですね。

3 立体面と水平面

 この循環を、立体面と水平面から見てみる。
 立体面から見ると、ひとびとは「よりよい学校へ、よりよい企業へ」という上昇志向を有している。
 水平面から見ると、ひとびとは「地方から都市へ」という集中志向を有している。

〔中島コメント〕

 周囲から人間を吸い上げて、上空へばらまく。まるで竜巻みたいですね。
 しかも、この竜巻は、自分の足腰で立つことができなくなった高齢者の方々を、都市郊外の介護施設へ吹き飛ばしてゆく性質も、有しているのではないでしょうか。

4 同調圧力 厚い殻 強い凝集性

 企業・家庭・学校という個々の組織・集団には、「同調圧力」「厚い殻」「強い凝集性」という特徴がある。
 構成員と非構成員との峻別。
 上下関係。
 そうした個々の組織・集団のなかで、個人の行為や考え方の自由度・多様性が、低下していった。

〔中島コメント〕

 構成員と非構成員との峻別。上下関係。ナショナリズムや保守主義とも共通する考え方ですね。外国排斥。愛国心。タテ社会。

 個人の行為や考え方の自由度・多様性が低下していった先、その個人たちが、その属する組織・集団の方針について決定することになったとき、適切な判断ができるのでしょうか?

 このことに関連して、思い出すことがあります。
 司馬遼太郎さんが、その講演「訴えるべき相手がないまま」において、「特定の組織・集団に所属せず、個人として生きることが大事だ」という趣旨のことを語っていました。戦後社会の状況を、見抜いた上での言葉だったのでしょう。
 また、逆に、学生時代、「何かしら特定の組織に属していないと、そして、その組織の方針に従わないと、自分は生きてゆくことができない」という姿勢で生きていた友人たちがいたことも、思い出します。彼らは彼らで、自分たちの生きている社会の現状を、よく認識していたのでしょう。

5 タイミングとスピード その要因

 日本は、このような循環モデルを、戦後、一気に形成した。
 諸外国にも、同様の循環モデルの形成は、あった。しかし、仕事・家庭・教育、それぞれの形成のタイミングとスピードは、バラバラだった。
 日本が一気に循環モデルを形成した、その要因としては、下記の4点があった。

①人口ボーナス
②冷戦体制下でのアメリカによる国力注入
③潤沢な石油エネルギー
④東京で大震災が起こらなかった

 ただ、戦後にあった要因のみならず、戦前からあった要因についても、研究してゆくことが必要である。

〔中島コメント〕

 「戦前からあった要因」。私も興味があります。
 「総力戦体制論」という理論が、以前から、気になっています。「戦争によって形成された体制が、戦後社会の推移に、影響を及ぼしている」という理論です。
 興味を持つきっかけになった本は、濱口桂一郎さんの『働く女子の運命』です。濱口さんは、この本のなかで、このように書いています。
『現代日本における正社員という働き方の特徴である「終身雇用であること」「転勤に制約がないこと」。これらの特徴は、戦争体制のなかで形成されたものである』
 総力戦体制論にも、つながる話です。

6 要因の喪失

 上記した要因は、その後、いずれも失われた。

①人口オーナス
②冷戦の終焉
③石油ショック
④大震災の可能性

 ②については、社会主義という対抗相手のいなくなった自由主義が、新自由主義となって、世界そして日本の経済を席捲し始めた。
 ③については、石油ショックの後、バブル経済の崩壊が、更に不況へ拍車をかけた。

 いま、戦後日本型循環モデルを支えていた要因は無くなり、維持できない状態になっている。
 その経済面での維持のために、非正規での雇用が増えた。しかし、それは、戦後日本型循環モデルの基礎中の基礎であった「仕事」を掘り崩すものである。十分な収入がない家族は、「教育」ができないとして、子育て自体をあきらめることになりがち。そして、子育てをあきらめることは、そもそもの「家庭」を持つことすら、あきらめることにもつながりやすい。
 循環にのるための競争の激化。
 循環にのることができないひとびとの困窮。
 そんななかでも、若者たちは、従来からの教育制度にのっとって、社会へ放り出されてゆく。

7 いま、若者をはじめとする、日本で生きるひとたちに必要なこと

(1)「仕事⇒家庭⇒教育」一方向から双方向へ

 教育も家庭を支える。学校が母子家庭を支援したり、虐待を発見したり。

 職業教育の充実。卒業後そして就職後に必要となる能力について、産業界と教育界とで、意思疎通を。
 また、職場において生じる労働問題から、自分の身を守るための教育も、必要である。
 就職後に、また教育機関へ戻り、学び直す機会も、あっていい。

(2)家庭と仕事の両立

 家庭と仕事を両立できるようにする。ワイフ・ワーク・バランスの確立。
 このためには「ジョブ型・正社員」の普及が必要である。「ジョブ型・正社員」とは、仕事内容や勤務場所が一定である正社員のことである。

〔中島コメント〕

 「ワイフ・ワーク・バランス」という言葉が含む問題については、鷲田清一さんが『だれのための仕事』において、詳しく書いています。

 「ジョブ型・正社員」。たしかに一方法ではあります。
 でも、これからの社会を生き抜いていくには、特定の仕事しかできない能力形成よりも、どんな仕事にも知識・経験・人脈を応用して対応できるような、いわば「総合力」「人間力」が必要なのではないでしょうか。「ジョブ型・正社員」という働き方を通して、そのような能力を、形成することができるのでしょうか。
 本田さんは、「総合力」「人間力」の必要性について、別な書籍(『軋む社会』)で触れています。この本、いま、読んでいます。読了後に、また感想文を書きます。

(3)セーフティネットとアクティベーション

 セーフティネット。循環から外れて、困窮したひとについて、生活費・住居・食料など、最低限の生活を保障すること。

 アクティベーション。セーフティネットで受けとめた上で、また社会復帰できるように力づけること。社会体験。職業訓練。

 これらの財源は、国家から支出するべき。ただ、実施主体は、NPO、社会的企業など、多様であっていい。

〔中島コメント〕

 個人的な話。最近、学生アルバイトさんに来てもらったり、学生さんたちの進路選択支援イベントに関わったり、若いひとたちと接する機会が増えてきました。このひとたちに対して、私をはじめ、年長の人間たちができることは、何だろう。そのことが、気になっていました。「セーフティネット」と「アクティベーション」は、とてもいいヒントになりました。

 戦後、現代日本社会が抱えることになった問題、そしてその問題に対応してゆく方法について、本田さんの知見を、短い枚数で上手に書き上げた一冊でした。
 本田さん、今後も注目の学者さんです。

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