【読書】上林憲雄ほか『経験から学ぶ経営学入門』〔第2版〕有斐閣

上林憲雄ほか『経験から学ぶ経営学入門』〔第2版〕有斐閣 2018.9
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641184435

 定評ある基本テキスト。
 値決めのことにのみ注目していると、「木を見て森を見ず」になりそうです。そこで、経営学の全体像をつかむために、読んでみました。
 以下、興味深い記述を抜粋して、コメントを付けてゆきます。

1 経営の基本

 経営の基本は「資源⇒生産⇒販売」の繰り返しである。
 企業は、資源を投入して、商品を生産(サービスを提供)して、販売している。
・ どの資源を、どれくらい投入して…
・ どのような商品(サービス)を、どのように生産(提供)して…
・ どのように販売してゆくか。
・ そして、販売したことによる収益を、資源として、どのように、再度投入していくか。
 これら各分野について、経営学は、研究を積み重ねてきている。

2 社会システム

 現代社会は、市場経済体制、資本主義社会。
 市場経済体制とは、「生産と消費とのバランスが、市場メカニズムによって調整されている体制」。
 資本主義社会とは、「資本(投資により増大していく貨幣)という考え方に基づいて組み立てられている社会」。

 経営学における古典的な社会システム像は、アダム・スミスの『国富論』に拠っている。同書における、アダム・スミスの主張は、次の通り。
「個々人が、その利己心によって、利潤を追求してゆく。そこに競争が起こる。競争の結果、個々人は、よい製品を、安値で販売するようになる。そのことによって、社会全体での富が増えてゆき、社会が豊かになる」
 こうした考え方から、個々人が利潤を追求するために、生産手段を私有することが、正当化される。
 この私有財産制度の肯定が、封建社会の解体に、つながった。封建社会は、領主が土地を所有して、そこに農民を定住させ、農作物を生産させる社会だった。

〔中島コメント〕

 古典であるアダム・スミスの『国富論』のなかに、「より良いものを、より安く」という発想が、すでにして、入っているのですね。
 これに対して、先日紹介した『良い値決め 悪い値決め』には、「より良いものを、より高く」という発想が、出て来ていました。
 この逆転現象は、どのような経緯から、起こってきているのでしょうか。個人的に興味があります。

 また、封建社会が定住社会であったことも、個人的に興味深いです。
 現代社会においても、個人に「住所」があることは、社会保障制度の適用対象になるための必須条件になっています。
 個人が「定住」することは、社会システムが個人を「管理」することにも、役立っているでしょう。
 翻って、たとえば、中世には、決まった住所を持たずに、各地を流転して生活してゆく人々がいました。堀田善衛さんの『路上の人』は、そうした人物を主人公にしています。こうした流民を、当時の社会は、どのように管理していたのでしょうか。それとも、管理していなかったのでしょうか。
 そして、個人が「定住」することは、その個人にとって、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。このことも、気になるところです。
 個人が「定住」することは、社会保障の対象になることにはつながりますけれども、その分、家賃を支払ったり、住宅を購入したりする必要が生じることとなります。一概に「定住したほうがいい」とは言えないのではないでしょうか。

3 日本における資本主義社会の変遷

 かつて日本には、財閥が形成する企業グループがあった。
 当時、それらの企業グループが発展することは、地域の発展につながり、ひいては社会の発展につながる、という因果関係があることになっていた。
 それらの企業グループは、戦後、解体。

 今や、政府や企業のみでは、社会にとって必要な商品やサービスを提供することが、できなくなってきている。その分、任意団体(NPO等)や個人・家族・学校(コミュニティ)の重要性が、増してきている。

〔中島コメント〕

 前段の記述に関しては、以前紹介した「働き方の3類型」のうち、「自営業」(地域密着型)という働き方が、戦後、減少していったという話にも、類似したところがあり、興味深いです。

 後段の記述に関しては、「社会システムの構成要素が、政府・企業・任意団体・家族という4分野に分かれてきている」という指摘が、山之内靖さんの『総力戦体制』に出て来た指摘とも、その内容が重なっていて、こちらも興味深いです。
 そして、私の事業は「企業」のみならず「任意団体」にも、よく当てはまりました。特に、社会関係が、企業は「交換」、政府は「贈与」、任意団体は「互酬」であるとする記述が、個人的な興味を引きます。
 私自身の事業を振り返ってみると、依頼者の方々に対しては「交換」、紹介者の方々に対しては「互酬」で接しているようです。私の事業においては、企業としての運営方法も、任意団体としての運営方法も、両方ともバランスよく学んでゆく必要があるのでしょう。

4 生産方法の変遷

 かつては、「単一品種の大量生産」が、生産方法の主流だった。「生産性の向上」は、単一品種を、長期間にわたり、大量生産してゆくことによってこそ、成り立つ。
 現在では、「多品種の少量生産」が、生産方法の主流である。ある市場において、ある商品(サービス)が売れる期間は、短くなっている。従って、多様な商品を市場に提供して、特定の商品が売れ始めたら、その商品(サービス)を短期間に集中して生産(提供)することが必要になる。
 そのために、生産現場では、「長大なベルトコンベア式の生産システム」から、「セル生産システム」への転換が起こっている。前者においては、労働者は、単能工。後者においては、労働者は、多能工。
 働きがいの視点からみても、労働者が多能工として活躍できる、セル生産システムの方が、望ましい。

〔中島コメント〕

 「単一品種の大量生産」=「より良いものを、より安く」
 「多品種の少量生産」=「より良いものを、より高く」
 こうした対応関係がありそうですね。

 「セル生産システム」は、小さな事務所でのチームワークの取り方についても、参考になりそうです。

5 組織間関係

 企業は、その企業単独ではなく、複数の企業と連携して、「資源⇒生産⇒販売」を繰り返している。生産工程において、一部の工程を他社に委託したり、一部の部品の開発を他社に委託したり。組織間関係の構築方法も、経営学においては、重要な研究対象である。

 なお、組織間関係において、重要なものは「信頼」である。
 組織の間での取引には、取引コストが伴う。取引コストには、主に、次の2種類がある。
(1)限定合理性 市場において人間が限られた情報処理能力の範囲内でしか行動できないこと
(2)機会主義的行動 人間は自らの利益のために相手を騙す可能性があること
 この取引コストを回避するために「信頼」が重要になる。
 信頼とは、「相手が利己的に振る舞えば自分が損を被る可能性のある状況においても、相手が自分に対して協力的に振る舞うであろう期待」のことである。
 さらに、信頼には、「合理的信頼」と「関係的信頼」がある。
 「合理的信頼」とは、「客観的な事実を根拠にした合理的判断によって、その構築と保持が行われる信頼」である。
 「関係的信頼」とは、「主観的な判断をもとに相手との共存共栄を図る信頼」である。
 また、「合理的信頼」には、「公正意図への信頼」と「基本能力への信頼」との2種類がある。
 「公正意図への信頼」とは、「相手が契約を遵守し、公平で公正に振る舞うことへの期待」である。
 「基本能力への信頼」とは、「相手が基本的な能力を保有していることへの期待」である。

〔中島コメント〕

 私の事務所も、他の企業さんと、継続的にお仕事のやりとりをさせて頂いています。
 その協力関係の組み上げ方も、もっとお互いがやりとりしやすいように、改善していく視点があった方が、よいでしょう。
 その大切さを、この本を読んだことで、あらためて認識できました。

 「信頼」については、先日投稿した「誠実」についての記事にも関連する内容であり、興味深かったので、詳しく書き留めておきました。

 「信頼」の内容は、当たり前と言えば当たり前のことばかりですけれども、特に「基本能力への信頼」については、「基本能力を獲得してゆくこと、維持してゆくこと、更に発達させてゆくこと」と、「ヒューマンエラーを防いでゆくこと」のために、絶えざる努力が必要になりそうです。当たり前のこととして、甘く見てはいけないでしょう。

6 経営組織

 経営組織には「構造」がある。その「構造」を「要素」に分解する。それぞれの「要素」について、それぞれの社員が分担してゆく。こうすることで、分業ができる。

〔中島コメント〕

 「構造」を「要素」に分解すること。
 このことの重要さは、工学者の畑村洋太郎さんが、『失敗を生かす仕事術』『技術の創造と設計』において、強調しているところです。

 この『経験から学ぶ経営学入門』には、畑村さんの書籍に限らず、山之内さんの『総力戦体制』など、これまで私が読んできた書籍の記述と、重なる記述が様々あり、興味深いです。きちんと、各種の知見を総合している、基本テキスト、といった印象があります。

7 労働

 労働とは、「人間が自然に働きかけて、生活手段や生産手段をつくりだす活動」である。

 労働者に資源を分配する視点としては、「公平」「平等」「必要」の3点がある。「公平」には、更に「努力」と「実績」の2種類がある。

 時間給は、特段、生産する物がない、ホワイトカラーの給与を計算するために、適している。

 労働者にとって、「満足かそうでないか」「不満足かそうでないか」は、別々の要因によって決まってくることが、研究の結果、分かってきている。
 いくら満足要因がたくさんあっても、それらによって、不満足要因を打ち消すことができるわけではない。

 現代企業におけるリーダーシップ。
 リーダーは、「従業員を中心とした行動」をとるようになってきている。
 リーダーの役割は、「構造づくり」と「配慮」。
 「構造づくり」は、「メンバーの様々な関心や行動を、組織の目標に向かって、一つの方向にまとめていく行動」のこと。部下ひとりひとりの仕事上の役割や目標を明確にし、その遂行手順やスケジュールについて指示を出す。
 「配慮」は、「組織メンバー間の対立や緊張関係を緩和し、組織内の人間関係を友好に保とうとする行動」のこと。部下の要望を聞き入れ、部下の感情をきちんと受け止める。
 リーダーと成員との関係が良い状況のもと、タスクの構造が高い場合には、リーダーの地位勢力の強い低いに関わらず、「構造づくりを重視するリーダー」が、良い業績を出す。

 熟練のためには、長期雇用は必要である。

〔中島コメント〕

 この書籍では、「労働」の定義のなかに、「つくりだす」(生産)が入っているのですね。
 鷲田清一さんの『だれのための仕事』を参照しての、私なりの定義、「自己と他者とが生きてゆくための働き」とは、また違う定義でした。
 この定義の違いは、経営学が主に「企業」を対象としていることと、私の事業が「任意団体」の性格も有していることとの違いからくるのでしょう。

 時間給については、個人的に、腑に落ちないところがあります。
 時間を、どうして貨幣に換算できるのでしょうか。あるひとの時間給が1万円であるとして、どうして1時間=1万円という式が成立することになるのでしょうか。
 この疑問から、河合隼雄さんの『日本文化のゆくえ』に出て来た、次の言葉を、個人的に連想します。
「近代社会における現実は、近代科学による数量化により単層化した現実。数量は金銭に換算できる仕組みになっている。この社会で夢を叶えるためには、お金を稼ぐことが必要となり、稼ぐために人々は、たくさん働くことになる。その結果、なおさら夢と遊びが減ってゆくことになる」
 どうして、「数量は金銭に換算できる」ということに、なっているのでしょうか。この問題意識は、「貨幣とは何か」という問題意識へ、つながってゆくことになりそうです。

 リーダーシップについては、「リーダーと成員との関係が良い状況のもと…」という記述から、私の事業においては、いま、やはり「構造づくり」が大事なのではないか、という個人的な気付きがありました。
 「関係が良い」なんて、能天気に考えているのは、私だけかもしれませんけれども…笑
 もちろん、「配慮」についても、引き続き、気を配ってゆきます。

 なお、たしかに「熟練のためには、長期雇用は必要」ですけれども、労働者が何に熟練するのか、という視点も、個人的には大事だと考えます。その企業でしか通用しない、ローカル・ルールに基づいた仕事に熟練するのか、どの企業に行っても通用する、汎用性のある仕事に熟練するのか。その違いは、その労働者の職業人生において、重要です。

8 マーケティング

 いかに、市場に商品(サービス)を投入するか。そのことについて考える枠組みが、マーケティング理論である。

 まず、マーケティングにおいては、対象となる市場の決定、その市場のなかでの自社のポジションの決定が、重要となる。

 そして、マーケティングについて、その方向性としては、次の4つの志向がある。
・ 生産志向(低コスト・低価格)
・ 販売指向(販売努力)
・ 消費者志向(顧客価値・顧客満足)
・ 社会志向(顧客・社会・企業の利益のバランス)

 また、マーケティングの要素には、次の4つがある。
・ 製品
・ 価格
・ 流通
・ プロモーション

〔中島コメント〕

 マーケティング理論、読んでいて、個人的に、飲み込みにくかったです。
 それがなぜなのか、考えているうちに、「市場」という言葉が、たいへん抽象的なものであることが、その原因であることに、気が付きました。
 たとえば、私の事業における「市場」とは何なのかが、具体的にイメージしにくいのです。
 しかし、さらに考えてみると「法」も、「市場」と同じくらい、抽象的な言葉です。でも、私は「法」という言葉を、すでに日常用語のように使って、ものごとを考えています。
 「市場」という言葉について、もっと詳しく調べた上で、このマーケティング理論を読み直すと、また新たに得ることのできる知見があるかもしれません。

 とりあえず、今回の読書においては、私の事業のポジショニングが「立教×豊島」であること、そして方向性が「消費者志向」「社会志向」であることを、あらためて自覚することができました。
 そして、値決めの問題が、マーケティングの要素のうち「価格」という、全問題のうちの一問題であることを、確認することができました。

 経営学の全体像について、簡潔かつ丁寧な説明の載っている、いいテキストでした。
 これから、私の事務所の経営について、考えるときには、このテキストの該当の各章を読み返すことによって、いいヒントを得ることができそうです。

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