【読書】小川洋子『不時着する流星たち』角川文庫

小川洋子『不時着する流星たち』角川文庫 2019.6.14
https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000153/

 小川洋子さんの短編集。2017年1月に出版した単行本の文庫化。

1 誘拐

 最初の短編のキーワードは、「誘拐」。
 自分が暮らしている「ここ」ではない、「どこか」へ、連れ去られること。

 「誘拐」というキーワードは、『魔女の宅急便』の原作者、角野栄子さんも、幼少の記憶として、語っています(『ファンタジーが生まれるとき』岩波ジュニア新書)。

 ここではない、どこか。
 そこは、小川さん、角野さんにとっては、現実ではない「異界」なのかもしれません。

 児童心理カウンセラーの岩宮恵子さんも、また、子どもが成長していく過程を、「異界から現実への移行」という趣旨の言葉によって、説明していました(『生きにくい子どもたち』岩波現代新書)。

 岩宮恵子さんの上記書籍には、自分が成長することを、拒否する、少女の事例も、出てきます。
 この少女の事例は、本書に出てくる、自分の足が大きくなることを、拒否する、少女のエピソードに、よく似ています(「若草クラブ」)。

2 異界

 「カタツムリの結婚式」は、「自分は異界から来たのだ」と感じている、子どもが主人公でした。
 「測量」は、これから「異界」(死後の世界)へ行かんとする、おじいさんが主人公でした。
 「手違い」は、死者を異界へ送り出す、幼い女の子が、中心人物でした。
 最後のエピソード、「十三人きょうだい」では、主人公の少女と秘密を共有していた「名前のないおじさん」が、他界してゆく老いた母親とともに、異界へと旅立ってゆきます。

 異界とのつながり。そのつながりは、子どもたち、お年寄りたちが、色濃く、有している。このことは、岩宮恵子さんの指導教官でした河合隼雄さんが、指摘しています(『子どもの宇宙』岩波新書)。

 ※ 「名前のないおじさん」は、子どもでもあり、大人でもあり、お年寄りでもある、不思議な存在です。この人物像、個人的に、興味深いです。

 なお、小川洋子さんは、河合隼雄さんと対談していて、その対談が、書籍になっています(『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫)。
 小川さんは、河合さんから、何かしらの影響を、受けたのかもしれません。

3 現実の生きにくさ

 この短編集においては、「異界」から現実へ移行して、その現実において、上手く生きることができなかった大人たちも、登場します。

  精神疾患(散歩同盟会長への手紙)
  離婚して子どもと離れた(臨時実験補助員)
  離婚した上、子どもが事故にあって障害を負った(肉詰めピーマンとマットレス)
  子どものいない夫婦(さあ、いい子だ、おいで)

 私も、成年後見業務において、このような人生を送っていらした方々にお目にかかることが、度々ありますので、小川さんの筆致が含む、静かな悲しみのようなものに、共感します。

 ただ、私自身は、そのような方々の人生について、「それが、かけがえのない、貴方の人生だったのです」と、肯定してゆきたいです。

4 人間の標準化

 私が、成年後見業務を通して、個人的に感じることは、「この社会における、人間の標準化」ということです。

 そもそも、(未)成年後見制度の設計には、「経済的合理的人間像」を、人間の標準として設定して、その標準から外れる人間(子ども・認知症高齢者)について、その行為能力を制限する、という発想があります。

 また、この日本社会のシステムにおいては、下記のライフコースが標準化していて、そのライフコースを、ひとびとが志向する傾向があるようです。

  大学卒業
   ⇒ 就職
    ⇒ 結婚・出産
     ⇒ 住宅購入
      ⇒ 子どもの「教育」(≠子育て)
       ⇒ 定年

 そして、大事なことは、標準的に生きているように見えるひとが、あまり幸せそうではないようにも見えることが、度々ある、ということです。少なくとも、個人的には、そう見えることが、度々あります。

5 人間の多様性

 人間像、ライフコース、それらの標準化。
 しかし、人間の生き方には、もっと多様性があるはずです。そして、多様性は「可能性」でもあるはずです。
 既成の社会システムに参加しつつ、それには依存せずに、ひとびとが、その多様性を、なるべく広げて生きていくためには、どのような連帯の仕方がありうるのでしょう。
 そのことを、探っていくことの重要性を、小川さんのこの短編集を読んで、個人的に、あらためて思い起こしました。
 私が単身者である意味も、そこに見い出すことができるかもしれません。

6 現実と異界

 余談。
 現実にある、既成の社会システムに参加して、司法書士の仕事に、成年後見の仕事に、取り組むなかで、私には、より明確に、そのシステムの抱える問題が、見えるようになってきた気がします。
 現実の存在も、異界の存在も、どちらもふまえつつ、生きてゆくことが、人間にとっては、大事なのかもしれません。
 同様のことは、河合隼雄さんも、『日本文化のゆくえ』(岩波現代文庫)のなかで、指摘していました。

 読んでいて、様々な想念の湧いてくる、素敵なチカラのある一冊でした。

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