【読書】武田佳奈『フルキャリマネジメント』東洋経済新報社 ~「またおいで、待ってる」~

武田佳奈『フルキャリマネジメント』東洋経済新報社 2019.7.19
https://str.toyokeizai.net/books/9784492534144/

「仕事も頑張る、育児も頑張る」
 そう願う、スタッフさんに対して、マネジャーは、どのように接すれば?
 そのことについての、参考テキスト。
 著者である、武田さん自身、子育てしながら、働いていらっしゃるとのお話です。

第1 内容要約

1 フルキャリ

 これまでの、女性の働き方は、「バリキャリ」(仕事優先)または「ママキャリ」(育児優先)、これらの2択。これらの2択を前提として、政府も企業も、支援(政)策を、用意してきた。バリキャリに対する活躍支援、ママキャリに対する育児支援。
 これらの2択に対し、近年、「仕事も頑張る、育児も頑張る」という、働き方の女性が、台頭してきている。このような女性のことを、著者である武田さんは、「フルキャリ」と命名した。
「生産年齢人口が減少してゆく、これからの日本社会における、企業にあっては、フルキャリのパフォーマンスについて、最大化するマネジネントが、重要となる」

2 フルキャリ・マネジメント 経験の蓄積の不足

 しかし、フルキャリ・マネジメントについての、経験の蓄積は、日本の企業において、不足している。

 マネジャー側は、そもそも、女性の部下が少なくて、「女性の部下についてのマネジメント」自体の経験が不足している。そのような状況なのであるから、「『仕事も頑張る、育児も頑張る、女性の部下』についてのマネジメント」の経験は、なおさら不足している。

 フルキャリ側も、先人が少なく、先人の経験に学ぶことが、難しい。
 先人の経験に学ぶことが難しい、ということは、フルキャリ自身、「子どもが生まれたら、自分の心身や、生活の状況が、どのように変わるのか」が、分からない、ということにもなる。自分がどうなるのか、分からないのだから、「自分がどうしたいのか」も、分かるはずがない。このような「状況の見えにくさ」によって、もともとはフルキャリ志望であったはずの女性が、バリキャリまたはフルキャリに、転身してゆく。

3 アンケート マネジャー側とフルキャリ側との意識の齟齬

 武田さんは、マネジャー側と、フルキャリ側とに、それぞれ、アンケートを実施。その結果、マネジャー側と、フルキャリ側との、意識の齟齬が、見えてきた。

(1)中期長期のキャリア

 マネジャー側「フルキャリは、いまは子育てで忙しいだろうから、中期長期にわたる、彼女のキャリアのことは、話さないでおこう」
 フルキャリ側「子育て中でも、自分の、中期長期にわたる、キャリアのことを、考えたい」

(2)家庭の状況の共有

 マネジャー側「部下の、家庭の状況について、知ることは、プライベートに踏み込むことであり、良くないことである」
 フルキャリ側「自分が、家庭において、どのような状況にあり、どのようなひとから、どのような助力を得ることができるのか、マネジャーに知らせておくことは、仕事と育児の両立を図る上では、良いことである」

(3)やりがい

 マネジャー側「フルキャリは、育児で大変だろうから、『やりがい』よりも、『働きやすさ』を優先して、仕事を割り振りするべきである」
 フルキャリ側「育児中であっても、自分のする仕事には、『やりがい』が欲しい」

 なお、フルキャリの重視する「やりがい」の内容としては、①成長の実感、②仲間からの承認、③顧客からの感謝。

4 フルキャリ・マネジメント その実践

 フルキャリに対するマネジメントのキーワードは、「期待」「共有」「機会付与」。
 期待。「子どもが小さいから、復職直後だからといって、期待することを先送り・躊躇せず、フルキャリ本人が、仕事を通じて確実に成長し、成果をあげて組織に貢献することを期待する」。「また、期待していることを伝え、本人にその自覚を持たせる」。
 共有。「働き方で判断せず、『仕事やキャリアへの意欲の本音』と『働く本人を取り巻く家庭の状況』を本人に確認し、具体的に把握する」。
 機会付与。「成果を出せる環境が整ってから『機会付与』するのではなく、『機会付与』をすることで成果を出す環境を早期に作り出す」。

5 会社のするべき支援

(1)業務・キャリア形成支援

 マネジャーが個別事情に応じた機会付与をしやすかったり、フルキャリ本人が現状の中でも、より成果創出やキャリア構築をしやすくするための環境整備。

・ 個別の成長・キャリア開発を可能にする環境整備
・ 勤務体系・配属要件等の柔軟化や変更
・ 働き方の多様化

 たとえば、株式会社三越伊勢丹は、「育児勤務の一時的勤務時間延長制度」を導入している。この制度は、育児のために、短時間で勤務してきた女性社員が、フルタイム勤務に復帰してゆくための、足掛かりになっている。

 なお、小田急電鉄株式会社が、女性社員の子育てと仕事との両立を支援するために始めた「短時間勤務制度」は、現在、男性社員も介護のために利用している。
 このように、育児のために導入した制度が、介護のためにも利用できる制度へと、発展してゆくことがある。

(2)WL両立支援

 就業中(緊急時や長期休暇中を含む)安心して子どもを預けて、フルキャリ本人が安定した状態で業務に挑戦できるようにするためのサポート。

・ 早期復職支援
・ 保育サービス利用サポート
・ 送迎通勤サポート
・ 長期休暇の子の預かりサポート

(3)本人支援

 フルキャリ本人が会社・マネジャーからの期待に対し、現状の中で最大限応えられる状態を維持するためのサポート。

・ 本人の意識改革
・ 休職中の健康とモチベーション支援
・ 働く女性の健康サポート

 たとえば、認定NPO法人マドレボニータは、「育休中」にもフォーカスした企業向け復職支援プログラムを提供している。

6 武田さんのコメント

「仕事も家庭もどちらもということがどれだけ都合のよいことなのかは、調査の過程で出会った多くのフルキャリも自覚していました。そのような状況で、『どちらも頑張ることを応援する。仕事でも期待している』というマネジャーからのメッセージがどれだけ身に染みるかは、想像に難くないのではないでしょうか」

第2 中島コメント

1 最大化

――フルキャリ・マネジネントの目標は、フルキャリのパフォーマンスを、最大化すること。
 この目標設定が、個人的には、気になりました。
 「パフォーマンスの最大化」という発想は、「利益の最大化」という、企業の発想に、つながります。その企業が、「利益の最大化」を求めて、競争した結果、ものは豊かになりましたけれども、ひとは、人数の面でも、生活の面でも、貧しくなりました。つまりは、企業による「利益の最大化」に、ひとが、正社員として、付き合って、猛烈に働いた、そのことが、少子化に、つながりました。そのような、少子化の原因となった発想に基づいて、働いて、子育てをしてゆくことは、果して、適切なことなのでしょうか。
 もっと言えば、この発想で、子どもを育てることは、果して、できるのでしょうか。

 このことに関連して、私が、個人的に、懸念することは、この「パフォーマンスの最大化」という発想について、力説している武田さんが、その発想を、子育てに転用するかもしれない、ということです。この発想を、子育てに転用すると、こうなります。
「子どもを、企業にとって、パフォーマンスが最大になるように、育てる」
 このような育て方も、果して、適切なことなのでしょうか。

 そもそもの少子化の原因となった、企業の原理である、「利益の最大化」によって、子育てをしてゆくことは、難しいのではないでしょうか。子育てにおいては、別な原理が、必要になるのではないでしょうか。その原理としては、たとえば、任意団体による「互酬」の原理が、ありうるでしょう(上林憲雄ほか『経験から学ぶ経営学入門』〔第2版〕有斐閣)。そして、「互酬」の原理は、「ひとを生かして、自分も生かす」ための原理と、言い換えることもできるでしょう。
 いま、子育てしながら働いてゆくにあたって、適切な組織は、企業ではなく、任意団体なのかもしれません。

2 都合

「仕事も家庭もどちらもということがどれだけ都合のよいことなのか…」
 この、武田さんのコメントも、個人的に、気になりました。
 都合がよいのは、女性ではなく、企業なのではないでしょうか。
 企業からの、女性に対する要求、その変遷を、時系列に並べてみると、次の通りとなります。
「女性は、早く結婚して、退職して、家で、専業主婦として、子育てをしていなさい」
⇒「人手が足りなくなってきたので、やっぱり、女性も、低賃金で、働きなさい」
⇒「女性は、働くだけでなく、子育てもしなさい」(男性は、手伝いません)
⇒「女性は、子育てしながら働いて、しかも、成果も上げなさい」
 このように、企業からの、女性に対する要求、その変遷を見てみると、企業が、女性に対して、それまで要求していたこととは、逆のことを要求しはじめて、しかも、要求している内容が、エスカレートしてきています。そのように、私には、見えます。

 上記のように、「女性の社会進出」が進んでいる一方で、「男性の家庭進出」は、進んでいません。
 こうしたことからしますと、本当なら、女性たちが、男性たち、企業たちに対して、「そちらにとって、都合がよすぎる。子どもが欲しいのであれば、もっと、こちらに、子育てに、協力しなさい」と、怒ってもいいのではないでしょうか。

3 雇用契約

 そもそも、いくら被用者が、武田さんの書いているように、自らのパフォーマンスを最大化して、成果を上げたとしても、その成果による利益について、その被用者が、その配分に関して、決定に関わることは、できません。その利益の配分は、使用者である経営者、そして、株主たちが、決めることに、なっています。
 被用者が、その労力と時間を費やして、上げた成果、上げた利益について、その分配に、関与することが、できない。それが、雇用契約という契約類型による、働き方の、限界です。そのような、限界のある働き方のなかで、被用者が「やりがい」を求めていくといっても、その「やりがい」にも、限界があるのではないでしょうか。

 なお、このような限界のある、雇用契約が、なぜ、この社会における、働き方について、最も数の多い契約になっているのでしょう。その原因・経緯について、私は、個人的に、興味を持っています。

4 別な働き方 別な生き方

 上記の1・2・3の検討から、個人的に考えてみますと…
 武田さんの書いている、「仕事も頑張る、育児も頑張る、そのような女性が少ない」という言葉は、「『企業のなかで』、仕事も頑張る、育児も頑張る、そのような女性が少ない」という意味に、限定して、捉えるべきなのかもしれません。
 そして、「いままで、仕事も頑張って、育児も頑張ってきた」、そのような先人たちは、企業での勤務とは、別な働き方、別な生き方を、選んできたのかもしれません。
 別な働き方、別な生き方としましては、たとえば、社会学者・小熊英二さんの指摘する、「地域に根ざした自営業」が、あるでしょう。このような働き方・生き方で、自分の子どもを育ててきた女性たちを、私は、実際に、何人か、知っています。
 このような働き方・生き方が、ありうること。そのことから、あらためて、個人的に考えてみますと、武田さんの書いているように、企業での勤務に固執すること、ましてや「フルタイムへの復帰を目指すこと」は、果して、適切な判断なのでしょうか。
 ここまで書いてきて、個人的に、宮崎駿さんの、次の言葉を、思い出しました。
「ナチスの軍隊の中にいてね、どんなに人間的になろうと努力するったって――そのナチスの軍隊に入らなくてもいいんだったら、さっさと抜けろっていうことがいくらでもあるわけでしょう!」(宮崎駿『風の帰る場所』文春ジブリ文庫)

5 自由からの逃走 子育てする女性の寄る辺の無さ

 なぜ、武田さんは、上記1・2・3・4において、私が問題視したような、企業に対して、自発的に隷従してゆくような、考え方を、するのでしょう。
 ひょっとしたら、武田さんの、企業に対する、強い隷従の態度は、「子育てする女性の、寄る辺の無さ」の、裏返しなのかもしれません。
 武田さんが、本書において紹介していた、フルキャリの求める「やりがい」には、「成長の実感」の他に、「仲間からの承認」、「顧客からの感謝」も、入っていました。「仲間からの承認」、「顧客からの感謝」は、「他者とのつながり」ひいては「社会とのつながり」に、関するものです。
 一方で、子育てする女性については、その、社会のなかでの孤立が、問題になっています。たとえば、藤田結子『ワンオペ育児』毎日新聞出版。
 武田さんも、「子育てする女性の、寄る辺の無さ」を、体験して、そのことが原因で、企業に対して、自発的に隷従してゆくような、考え方を、するようになったのかもしれません。武田さんは、企業に対して、自発的に隷従してゆくような、考え方を、示すことで、企業とのつながり、ひいては、社会とのつながりを、懸命に、つなぎとめようとしているのかもしれません。
 ここまで書いてきて、私の脳裏においては、武田さんの姿が、映画『千と千尋の神隠し』において、湯婆婆に対して、「ここで働かせて下さい」と、言い募る、千尋の姿に、重なってきました。
 もし、私が、この項目5において書いてきたことが、ある程度、真実であるとするならば、マネジャーから、育児休業へ入ってゆく女性に対して、伝えるべき言葉は、「またおいで、待ってる」であるかもしれません。
――子育てによって、社会から孤立しがちになる、女性について、また、社会へ、包摂すること。
 そのことが、マネジャーの、果たすべき役割であるのかもしれません。

6 ひとを生かして、自分も生かす

――子育てによって、社会から孤立しがちになる、女性について、また、社会へ、包摂すること。
 そのことが、マネジャーの、果たすべき役割であるとしたら、マネジャーが、子育てしながら働く女性に対して、期待するべきことも、「パフォーマンスを最大化すること」ではなく、「ひとを生かして、自分も生かすこと」であるべきでしょう。

 「ひとを生かすこと」は、「ひとを世話すること」です。そして、「ひとを世話すること」は、「ひとと絆を結ぶこと」に、つながります(サン=テグジュペリ『星の王子さま』新潮文庫)。さらに、「ひとと絆を結ぶこと」は、まさに、「社会とつながること」にも、発展してゆきます。

 「ひとを生かすこと」。そのためには、「自分を生かすこと」も、大切です。
 ここで、私は、詩人・吉野弘さんの詩、「奈々子に」を、連想します。

  ひとが
  ひとでなくなるのは
  自分を愛することをやめるときだ。

  自分を愛することをやめるとき
  ひとは
  他人を愛することをやめ
  世界を見失ってしまう。

  自分があるとき
  他人があり
  世界がある。

 自分があるとき、他人があり、世界がある。子育てしながら働く女性に対する、マネジャーのとるべき態度については、吉野弘さんの、この詩が、よき参考になるかもしれません。

7 具体的な方法論

 上記の1から6にかけて、書いてきた通り、私は、本書において、武田さんが述べている、理念とは、また違う理念を、持っています。
 ただ、理念は違いましたけれども、本書において、武田さんの述べていた、フルキャリを支援するための、具体的な方法論は、私にとりましても、参考になりました。

(1)中期長期のキャリア
(2)家庭の状況の共有
(3)やりがい

 特に、中期長期のキャリアについて、子育てしている女性と、マネジャーとで、話し合っておくことは、大事でしょう。子育てしている女性が、自分の中期長期のキャリアについて、展望を抱いておくことは、将来、彼女が子どもから自立するときに、役に立つはずです。
 子離れ・親離れにおいては、無理な切断ではなく、自然な巣立が、お互いにとって、適切であるでしょう。

8 産前産後の心身変化

 武田さんが本書において述べていますように、女性にとって、産前産後の心身の変化は、大きなものであるようです。
 私は、男性でして、そのような変化は、自分では体験できませんけれども、せめて、そのことについて、知ってはおきたいです。

9 問題の展望

 これから、子どもを授かって、ゆくゆくは復職したい、女性のスタッフさん。彼女の望みに応じるために、マネジャーとして、具体的に取り組むべき問題について、個人的に、考えたことを、ここに書き留めておきます。
 スタッフさんが、ひとり、休んで、また、復帰してくる。このことについては、下記の問題が、発生してくるでしょう。

(1)そのスタッフさんが休業している期間についての生活保障
(2)そのスタッフさんが休業している期間についての人員確保
(3)その確保したスタッフさんについての生活保障

 (1)については、協会けんぽに「出産手当金」が、雇用保険に「育児休業給付金」があります。これらの制度が連携して、休業しているスタッフさんの生活を、保障するしくみに、なっているようです。
 (2)については、新たなスタッフさんに対して、「一時しのぎの、その期間かぎりでのご縁」という発想ではなく、「そのひととの、新たなご縁」という発想で、接してゆくべきでしょう。
 (3)については、(1)にも関連して、「休業しているスタッフさんへの休業手当」と、「新たなスタッフさんへの給与」を、重複して自費で支給することにならないよう、「出産手当金」及び「育児休業給付金」を受給することが、大事になってくるでしょう。

 これらの問題は、総じて、「一時的に乗り越えるべき厄介なこと」としてではなく、「新たな目標の設定」として、捉えるべきでしょう。

10 育児支援 ≒ 介護支援

 なお、武田さんが本書において指摘していたように、育児支援制度の導入は、介護支援制度の導入にも、つながってゆくようです。
 思えば、現代日本社会における、ひとの人生にあっては、おおむね、育児のあとに、介護がやってきます。子どもの問題と、高齢者の問題とは、表裏一体であるようです。
 これらの身近な問題に取り組んでゆくことは、少子化・高齢化という、社会問題に、取り組んでゆくことにも、つながってゆきます。
 これらの問題に、私の事務所では、スタッフさんたちとも、よく話し合いながら、積極的に、取り組んでゆきたいです。

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