【法学】相続人が不存在であるとき相続財産管理人と遺言執行者とが併存する場合の権限調整

第1 問題の所在

 相続人が不存在であるとき、相続財産管理人と遺言執行者とが併存する場合において、民法には、両者についての権限調整の定めがありません。
そこで、当該権限調整は、解釈によることとなります。

 

 

第2 参考判例(最判平成9年2月12日民集51-8-3887)

1 判旨

「遺言者に相続人は存在しないが相続財産全部の包括受遺者が存在する場合は、民法951条にいう『相続人のあることが明かでないとき』には当たらない」。

 

2 帰結

 この判例により、相続財産全部の包括受遺者が存在する場合には、相続財産管理人を選任する必要はないこととなりました。

 

 

第3 相続人不存在手続が行われるべき場合

1 調査官解説
この判例の調査官解説には、次の趣旨の示唆が書いてあります(文献Ⅰ 1208頁及び1214頁)。
「財産の一部についての包括受遺者しか存在しないという場合にどのように考えるかについては、今度の検討に委ねられている。(中略)包括遺贈に係る部分以外の相続財産については、相続人不存在手続が行われるべきとする見解が、複数ある」。
2 補足
一部の割合についての包括遺贈が起こる場合としては、「相続財産全部について、複数人に対して割合的包括遺贈をしたところ、一部の受遺者が自己に対する遺贈を放棄した場合」がありえます(文献Ⅱ 78頁)。
このような場合には、相続財産管理人と遺言執行者とが併存することとなり、両者の権限の調整が問題となります。

 

 

第4 学説

(1)多数説
両者が併存する場合、学説としては、次のように取り扱うとするものが多数説のようです(例えば文献Ⅲ及びⅣ)。
一 原則、遺言が法定の相続手続(相続人不存在手続)に優先する。
二 ただ、相続人不存在手続上、受遺者は相続債権者に劣後する。
三 二の手続との整合を図るために、まずは、相続財産管理人の権限が、遺言執行者の権限に優先する。
四 三のように解釈する結果、相続財産管理人による相続債権者及び受遺者に対する公告が完了するまでは、遺言執行者は、その権限を休止することとなる。
五 四の公告が完了してから、遺言執行者が、遺言を執行する。
六 五の遺言執行が完了してから、相続財産管理人が、残る相続人不存在手続を進行する。
(2)疑問点
(1)のように解釈するとき、清算型遺贈において、「清算後の残余財産を〇〇へ遺贈する」としていた場合に、その遺贈手続と、六からの相続人不存在手続(相続人の捜索・特別縁故者への財産分与・相続財産管理人への報酬付与審判・国庫への帰属)とは、どのような先後関係となるのでしょうか。今回調査した文献には、そこまでの言及はありませんでした。

 

 

第5 実務

(1)家裁実務(文献Ⅴ 560頁)
文献Ⅴには、上記第4(1)の多数説とは異なり、次の記述があります。
「相続財産管理人の権限が優越し、遺言執行者の権限は相続財産管理人の業務終了まで休止する」。
また、上記見解に関連して、次の趣旨の記述もあります(同 315頁)。
「全財産についての清算型遺贈であって、遺言執行者の指定のある場合でも、被相続人(遺言者)について、相続財産管理人を選任する必要がある」。
(2)登記実務
一方、登記実務においては、次の質疑応答があります(登記研究619号219頁)。
「相続人のいない遺言者が清算型遺言を残して死亡した場合において、遺言執行者が選任又は指定されているときは、改めて相続財産管理人を選任するまでもなく、遺言執行者が当該遺言に係る登記を申請することができる」。
(3)実際の取り扱い
上記(1)及び(2)の通り、家裁実務と登記実務とで、相続財産管理人の選任の要否について、解釈が異なっています。この食い違いについては、文献Ⅵに、次の記述があります(180頁)。
「この点に関連して、この場合でも相続財産管理人の選任を要するとの見解を記載した最近の文献があったので、念のために大阪法務局に尋ねたところ、平成27年3月の時点においても、登記研究619号219頁に記載された取扱いをするとの回答がなされています」。
「最近の文献」とは、文献Ⅴのことなのではないでしょうか。
(4)相続財産管理人と遺言執行者との兼任
なお、これまで述べてきた実務上の不都合を緩和するために、東京家裁において、清算型遺贈の案件について、遺言執行者を相続財産管理人としても選任した例があったとのことです(文献Ⅴ 323頁)。また、当該案件において、遺言執行者である弁護士は、相続財産管理人としての報酬を辞退する旨、上申したとのことです。

 

 

第6 コメント

相続人が不存在であるとき、遺言執行者とともに相続財産管理人の選任も必要な状況となりますと、その分、相続人不存在手続に時間を費やすこととなり、せっかく遺言執行者を定めた意味が薄らぎます。
相続人が不存在であるケースにおいて、遺言を作成するときには、遺言者の意思を円滑に実現するためにも、相続財産管理人の選任の余地のない内容にしておいた方がよさそうです。
ただ、相続人不存在手続を省略する分、遺言執行者は、相続債権者、受遺者、隠れた相続人、相続財産の処分の相手方に、倫理上、なおさら配慮してゆくべきでしょう。

 

参考文献

Ⅰ 八木一洋「判解」最高裁判所調査官室『最高裁判所判例解説 民事編』平成九年度1202頁
Ⅱ 和田日出光「相続人不存在の場合における遺言執行上の諸問題」公証法学33号73頁
Ⅲ 中川善之助ほか『新版注釈民法』28巻300頁〔泉久雄〕
Ⅳ 山田忠治「相続財産法人の管理人と遺言執行者選任が重なる場合の両者の権限」『遺産分割・遺言215題』判例タイムズ688号425頁
Ⅴ 片岡武ほか『家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務』(第2版)日本加除出版
Ⅵ 遺言・相続実務問題研究会『Q&A遺言執行トラブル対応の実務』新日本法規

 

以上

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