【読書】吉野源三郎『君たちはどう生きるか』ワイド版岩波文庫

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』ワイド版岩波文庫 268 2006.4.14
https://www.iwanami.co.jp/book/b270539.html

宮崎駿さんの次回作が同じ題名。「その本が主人公にとって大きな意味を持つという話です」。

この本は、戦前の「少国民文庫」シリーズのうちの一冊。扱うテーマは「倫理」。
著者の吉野源三郎さんは哲学者。
出版年である1937年には盧溝橋事件が発生。そこから8年間にわたる日中戦争へ。そんな中で少年たちに「君たちはどう生きるか」を説く。
説き方は、少年コペル君を主人公とした物語形式。

読後の印象。戦後民主主義の基本的な考え方が書いてある様子。進歩主義、社会重視。その意味では丸山眞男さんの解説が付いているのが印象的。
戦後民主主義が何を大事にしていたのか、何を見落としていたのか、内容が単純明快なだけに、よく分かります。

□ 進歩主義

人類の進歩への、疑問のない期待。学問を通して人間がなすべきことは、「人類の進歩に貢献すること」。
この進歩志向と、いまの一部の学生さんの安定志向とを比べると、隔世の観がありますね。

人類の進歩に学問を通して貢献した、その実例として、たとえば堀越二郎(『風立ちぬ』の主人公)がいるのでしょう。堀越二郎は、東大で飛行機の設計を学び、社会人になってからは零戦を設計しました。零戦は、一時は飛行機として世界で最高峰の性能を発揮していたそうです。堀越二郎は、飛行機の進歩を通して人類の進歩に貢献したといえるでしょう。

しかし、その人類の進歩に貢献した零戦が殺戮兵器だったことからも分かるように、人類は進歩すればいいというものではないようです。
環境問題。長寿による「なかなか死ねない」問題。原発事故。進歩は、問題を解決するのみならず、新しい問題も生み出してゆくようです。
いまはもう、「進歩」という言葉は、なかなか使われなくなってきました。「進歩」という言葉のなかの意味内容のひとつとして、まだ生き残っている言葉に「成長」があります。すっかり力を失った「進歩主義」の残した影が「成長主義」なのかもしれません。

さらにいえば、「人類は進歩し続けてゆく」という人類観とは、また別な人類観もありえます。作家・堀田善衛さんの言葉、「歴史は繰り返さず、人これを繰り返す」。「人類は、その文明の興亡を、興亡の形は変えつつも繰り返してきている」という人類観です。こちらの人類観のほうが、歴史の実際に即しているように、私個人としては考えます。

□ 男性優位 社会重視 家庭軽視

この本には「男らしく」という言葉が、繰り返し出てきます。
主人公が友達の家(豆腐屋さん)を訪ねた時も、そのお父さんについて「男のくせにエプロンをして…」と、男が料理(家事)をすることに批判的な文章が出てきます。
また、主人公が別な友達の家を訪ねた時には、その友達のお姉さんがズボンをはいていることについて、「女のくせに…」という言葉がくっついてきます。
男らしさ。女らしさ。男は社会。女は家庭。そうした男女観が、わりあい明らかに出てきています。
こうした男女差別は、戦後、長い年月を経て、若干の解消をみました。男女雇用機会均等法など。
ただ、解消の視点が、「女性の社会進出」(女性の男性化)ばかりだったこと。「男性の家庭進出」(男性の女性化)がなかったこと。それが戦後民主主義という考え方が見落としていたことだったのではないでしょうか。

□ 人間らしさとは

上記の通り、問題点が目に付く一方で、個人的に共感できる記述もありました。

ひとつひとつの品物に、それを作るひとがいて、それを運ぶひとがいる。品物を通して、ひととひととがつながっている。ひとは、ひととのつながりのなかで生きてゆく。
そうした考え方をもとにするとき、「人間らしく生きること」とは、どういうことになるのか。「相手の幸せのためにすることが、自分の幸せにもなること」。そういうふうに生きることが、「人間らしく生きること」なのである。

共感。以前に読んだ『だれのための仕事』(鷲田清一・講談社学術文庫)にも、同様の記述がありました。吉野源三郎さんも哲学者。鷲田清一さんも哲学者。先人の哲学を、後世の哲学者が、きちんと汲み上げてきている印象。哲学の系譜(^^)

法学においては、人間の自由について、こういう基本的な考え方があります。「他人の自由を侵害しないかぎり、個人は自由である」。個人の自由を最大化する考え方です。逆に言えば、法学においては、他人の自由を侵害しないかぎり、個人はどのように生きてもよいことになります。
この本は倫理学の本なので、人間の生き方について、法学での自由論から、さらに一歩、踏み込んだ考え方を示しています。「相手の幸せのためにすることが、自分の幸せにもなるように生きること」。ひとつの魅力的な考え方。法学部で自由論を学んだ学生さんたちにも、おすすめしたい一冊。

□ 過ちとその反省

作中で、主人公は、友達との約束を破り、卑怯な真似をします。
主人公は、そんな自分を恥じて、生きてゆく気力を失います。
その主人公に対する励まし。「自分のしたことを恥ずかしく思うことは、まだ君に、まっとうに生きていこうとする気持ちがあるということだ。自分のした過ちは認めて、その結果は引き受けて、また、まっとうに生きてゆくことを目指すべきだ」。
「自分はろくでもない人間なんだ」と腐らずに生きてゆくことの大切さ。とても共感。

※なお、個人的には、「まっとうに生きてゆくこと」とは、「まっとうなことは何なのかを考え続けること」だと考えています※

□ 異なる文化の交じり合い

ガンダーラの仏像。もともと仏教には仏像というものがなかった。仏像は、ガンダーラという地域において、インド人の仏教思想と、ギリシャ人の彫刻技術とが、交じり合うことによって生まれた。東洋・西洋という対立概念で考えると、相容れないようにも思える、異なる文化。その異なる文化が交じり合うことによって、素晴らしい芸術が生まれた。

当時の日本中心・欧米敵視の風潮とは一線を画する考え方ですね。現代の風潮にも十分通用しそうです。歴史は繰り返さず、人これを繰り返す…

宮崎駿さんが、この本を参考に、どんな映画を描くのか。楽しみです(^^)

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