【読書】小川洋子×河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫

小川洋子×河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫 2011.3.1
http://www.shinchosha.co.jp/book/121526/

対談本。河合隼雄さん(心理学者)×小川洋子さん(小説家)。

1 物語をつくること

「ひとは、受け入れ難い現実を受け入れるために、物語をつくることがある」。二人の認識が一致。
物語をつくるとき、そこには、意識していることのみならず、無意識に感じていること・思っていることが入り込む。
物語をつくることは、無意識から意識へ、自分の思いや葛藤を拾い上げること。

たとえば、小川洋子さんが書いた小説の登場人物。書き上げた後になって、同名の実在の人物がいたこと、その人に会ったことを思い出すことがある。

似た趣旨のことを、大平健さん(精神科医)も指摘していました。
「ひとが心の病にかかるのは、自分が抱えている問題を、自分で意識できていないとき」。その無意識のなかにある葛藤に、本人が気付く、そのお手伝いをすること。そのことがカウンセラーや精神科医の仕事だといいます。そのために物語が役立つことも、大平さんは指摘しています(『診療室にきた赤ずきん』新潮文庫)。

無意識と意識をつなげるのが「物語」なんだなぁ。ふーむ。

2 患者に「寄り添う」

カウンセリングにあたっては、「助ける」のではなく「寄り添う」。
使命感を持った強い人が助けにくるのでは、患者はたまらない。もちろん、カウンセラーは、根本的には、強くなければならない。相手の辛さを受けとめる強さは必要。しかし、患者に対して肝心なことは、「黙っていることができるかどうか」。中途半端に話を聞いて「つまりこういうことだな」「こうすればいい」と自分の理解の型にはめて患者を引っ張っていこうとしても、それは患者が自分自身で悩みに気付き、その悩みに向き合うことには、つながらない。
一例。河合さんが高校生をカウンセリング。1時間ちかく、まったくしゃべらない。「高校生だねぇ」「お父さんがねぇ」、少しだけ呼び水をかけても、相手からはぜんぜん何も出てこない。河合さんは、黙って待った。そのままその日は終了。高校生に「また来るかい?」と聞いたら、笑顔で「はい」。帰宅後、高校生は母親に「あんなに、ひとの気持ちが分かるひとはいない」と熱弁していたという。自分から上手く話すことのできないひとがいる。そうしたひとたちに、どこまで「寄り添う」ことができるか。

この本、本来は、何回か日程を分けて対談予定だったとのことです。その途中で河合さんが急逝。
悩みを抱えるひとに接するときの河合さんの態度が、小川さんとの会話を通して、臨場感をもって浮かび上がってくる対談でした。続きを読みたかった…

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