【読書】白井さゆり『東京五輪後の日本経済』小学館

白井さゆり『東京五輪後の日本経済』小学館 2017.9.13
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388570

著者の白井さゆりさんは、元・日本銀行審議委員。日銀の前総裁、白川方明さんの時代に委員だった。

〔失敗:異次元金融緩和〕

現政権のもと、日本銀行が実施した「異次元の金融緩和」。国債を大量に買い入れ。国債だけでなく、ETF(指数連動型上場投資信託)も。目指したのは「物価上昇率2%」。だが、達成できなかった。2013年の実施以降、日銀は目標達成期限を6回も延期してきている。経済成長率も、異次元の金融緩和の実施後よりも、実施前の方が、むしろ高かった。

〔国民の意識〕

日本銀行が読み誤った国民の意識、「デフレマインド」。そんな国民意識は、なかった。
デフレマインドとは、こういう意識。「デフレとは、物価が下がっていくこと。ということは、貯蓄していれば、物価下落に反比例して、自然とその貯蓄の価値が上がってゆく」。
この(架空の)デフレマインドに対して、日銀は物価上昇を目標とした「異次元の金融緩和」を宣言して実行。国民意識を次の通りになるように誘導しようとした。「物価が上がってゆくのなら、貯蓄していても、その貯蓄の価値は、自然と下がっていく。それだったら、お金を使ったほうがいい」。そうなれば、次のような繰り返し基調ができる。「国民消費拡大⇒企業収益好調⇒賃金上昇」の繰り返し。

しかし、異次元の金融緩和によっても、国民の貯蓄選好意識は変わらなかった。
国民の貯蓄選好の原因は、デフレマインドではなく、①政府債務への不安、②社会保障への不安。①②を解決しないかぎり、国民の貯蓄選好は変わらないだろう。

〔企業の事情〕

国民が、貯蓄を選好して、消費を拡大しないということは、企業にとっては、商品・サービスの値上げを顧客が歓迎しないということ。そのため、企業は商品・サービスの価格を上げることができない。
国内販売による収益ではなく、金融緩和による円安の影響で収益が上がったとしても、外国企業との価格競争においては、国内の賃金を上げると、それが価格の上昇要因になるので、価格競争では不利になる。そのため、国内賃金を上げることは結局できない。
また、収益は、外国企業の買収のためにも留保しておく必要がある。日本国内の需要が縮小していく現在、外国企業を買収して、そこから外国の市場への販路を拓くことは、日本企業にとって重要な戦略。

〔総括〕

効果がなかったとはいえ、白井さんの意見としては「日銀は、こうした金融緩和政策を実施してみるべきだった」。大胆な金融緩和に踏み切らない日銀へ、内外から批判が集まっていた。実施してみて、効果がないことが分かった。これから、本来あるべき金融政策を真剣に考えていくべきである。
ただ、人口減少、少子高齢化のなかで、成長が望めないのに、どうやって財政を健全化していくのかは、いまだに答えのない問題。IMFのレポートでは、日本の財政の健全化は不可能という前提で、日本がとるべき経済政策について提言している。
歴史上、こうした状況になった国は、ない。

※近代国家という形態では、こうした状況になった国は、確かにないかもしれません。でも、人類の長い歴史からみると、文明がいったん繁栄したのち衰退していくという動きは、これまでにも幾度もあったはずです。直近では、海洋帝国スペイン、イギリス。これらの国々で、衰退時に、どういうことが起こったか。そのことから学べることがあるのではないでしょうか※

〔出口〕

異次元の金融緩和には、出口が見えていない。
日銀は、低金利の国債を大量に(400兆円)抱えることになった。
ここで金融の引き締めのために利上げを実施すると、どうなるか。
民間金融機関が日銀に預けている当座預金。その当座預金に対して支払うべき利息の金額が増える。その結果、「国債金利収入<当座預金利息支出」となり、日銀の収支が赤字になる。いわゆる「逆ざや」。その赤字を、どうやって補てんするのか。日銀関係者にも政府関係者にも議論がない。
国債を売却しようにも、大量の国債を一気に売却したら、市場に混乱が生じるのは目に見えている。
せめて毎年の引き受けを止めようにも、50兆円超の引き受けを、いきなり止めるわけにもいかない。
政府財政が弛緩していて、その健全化の道筋が見えてきていない。

ETFについても、国債と一部類似した状況。含み損の可能性。市場に混乱が起こるので、一気に売却できない。

※逆ざやの問題については、河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』集英社新書にも指摘がありました※

〔展望〕

長期視点。
国際経済社会における日本の規模は、相対的にも絶対的にも小さくなってゆく。
そのことと連動して、日本円の貨幣としての価値は、これからだんだんと下がってゆくだろう。そして、日本円の価値の低下に伴い、インフレ(生産費用の上昇による「コストプッシュ型」)が進み、生活が苦しくなってゆくだろう。
なお、日本円の価値が下がってゆくといっても、急激なインフレは、日本国民の日本円への貯蓄選好が強い現状、なかなか起こりそうにない。ただ、日本の富裕層には、財産を円建てからドル建てに移してゆく動きが始まっている。
これから日本の国民に必要な自助努力は、「外貨投資」「株式投資」そして「生涯現役」である。

短期視点。
東京五輪前後では、円高と株安が起こるだろう。
円高。ドルと比較して、為替の2大要素である「インフレ率」「経常収支」について、両方とも円高圧力がかかっている。
株安。そもそも現在の株価の好調さは、企業によるコストカットの努力によるもの。その努力の限界がきたとき、そして上記円高が始まったとき、株安圧力がかかる。
円高圧力、株安圧力に「市場からの日銀の退場」が重なると、それらの圧力に拍車がかかるだろう。

※「生涯現役」「外貨投資」「株式投資」。今後の職業人生・財産形成にとって重要な示唆でした。次回の円高・株安の時機が、投資を始めるのに丁度いい時機なのかもしれません。職業についての知識技術はもちろん、投資についても勉強しておこう…※

※将来、国際社会での日本円の価値が下がってゆく。インフレが進んでゆく。そうだとしたら、私たちの子どもたちの世代にとって必要な力は、もはや「日本において働いて日本円を稼いでゆく力」ではなくて、「海外において働いて外国通貨を稼いでゆく力」となってゆくのかもしれません※

〔不動産〕

現在の不動産価格の上昇は、次の2要因によるもの。①東京五輪、②異次元金融緩和。これら2要因が消えたとき、不動産の価格の調整局面がやってくる。これらの他に、不動産の価格を支える要素はない。

相続税対策のためのアパートローン付き賃貸住宅。この供給過剰も問題。
アパートローンの貸し手は、地方銀行・信用金庫。賃貸経営が上手くいかなくて焦げ付く可能性。地方銀行・信用金庫は、返済原資として、賃貸住宅そのもののみならず、オーナーの個人資産も当てにしている。

都心オフィスビルも供給過剰気味。

タワーマンション価格の高騰は、①建設業界人手不足、②輸入資材価格上昇によるもの。理由がそれなりにはあるので、バブルとはいえない。しかし一部に投機の動きはあり、実需を無視した水準まで価格が高騰しているケースもある。投機の動きは、東京五輪前後に沈静化するだろう。

とっても参考になる一冊でした。おすすめ。
白井さゆりさん、今後も注目のエコノミストさんですo(^-^)o

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