水野紀子『相続法の立法的課題』有斐閣 2016.3
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641137332
4 婚外子相続分違憲決定に関する一考察(木村敦子)
婚外子の相続分を差別する規定について、平成7年の最高裁大法廷決定(合憲)は、その根拠として「法律婚の尊重」を挙げていた。
これに対し、平成25年の最高裁大法廷決定(違憲)は、その根拠として「個人の尊重」を挙げた。
自分が婚外子となるかどうかは、そのひと自身には、左右することができない。そのひと自身が左右することのできない事情によって、そのひとを差別することは、法の下の平等に反し、不合理なことである。こうした理由から、最高裁は「法律婚の尊重」よりも「個人の尊重」を優先した。
この最高裁大法廷決定により、司法の想定する、家族のモデルが変わった。この決定以前は、司法は、家族を「法律婚に基づいた、夫婦と、親子とが、一体の関係」として捉えていた(家族モデルA)。しかし、この決定以後は、夫婦関係と、親子関係は、別個独立のものとなった(家族モデルB)。
ただ、最高裁は、「法律婚に基づいた家族というモデルは破綻した」とまでは述べていない。
〔中島コメント〕
ひときわ興味深い論稿でした。
内縁という関係が存在していることや、離婚が増加していることから考えてみても、家族モデルAよりも、家族モデルBの方が、日本における家族の実情に、より即しているのかもしれません。
家族モデルBの登場について、より平たい言い方をすれば、「夫婦関係も、親子関係も、法律婚とは違う在り方が、あっていい」ということでしょう。
「ひととひととがパートナーになる」ということについても、「親子になる」ということについても、特定のモデルがあるとするのではなく、多種多様な関係がありうる。たしかに、そう考えた方が、個人個人の自由が、もっと広がります。
引用してある文献も含めて、繰り返し読み込んでみたい論稿でした。
5 具体的相続分が抱える問題(宮本誠子)
平成12年の判例は、具体的相続分の法的性質について、遺産分割分説を採用した。
しかし、民法の条文では、「遺産分割時」ではなく「相続開始時」の状況に基づいて、具体的相続分を計算することとなっている。そのために、「相続開始時」から「遺産分割時」までに生じた変動も、別途考慮する必要が生じている。
そもそも、条文にいう「被相続人が相続開始の時において有した財産」や「みなし相続財産」の内容も、明らかではない。
具体的な計算にあたっても、「当然分割となる金銭債権がある場合」「個別財産の処分があった場合」「個別財産における共有持分の譲渡があった場合」に、本来「具体的相続分」が目指していたはずの「実質平等」から離れた、不都合な結果が生じることがある。
〔中島コメント〕
不都合な結果の生じる、「当然分割となる金銭債権がある場合」「個別財産の処分があった場合」「個別財産における共有持分の譲渡があった場合」。これらは全て、「遺産分割の前に、相続人が相続財産を処分できる」という制度前提が原因になっています。
この論稿による、これらの指摘も、論文1で水野紀子先生が触れた「相続財産に関する権利行使の前提として、遺産承継手続を必須とする」方向を示唆しているように、個人的には考えます。
6 相続不動産取引に潜むリスク─買い手からみた相続不動産(小粥太郎)
現行の不動産登記制度は、売買の対象となる不動産について、売り手が自分への所有権移転登記を申請した、その登記原因が「相続」である場合に、買い手にとって、様々なリスクが存在することになる仕組みになっている。
(1)相続資格の瑕疵
そもそも、戸籍の内容について、偽りであったり、誤っていたりすることがある。
戸籍の内容が、真実に合致するよう、その精度を上げてゆくべきである。
また、戸籍の内容が真実であったとしても、相続欠格、廃除、相続放棄など、登記上の相続人が、その資格を失っている可能性もある。
これらの問題については、公的機関が、戸籍を基礎とした、一種の相続証書のようなものを作成することとし、その証書に公信力を認めるべきである。
(2)対抗問題
判例は、相続させる遺言については、その遺言によって権利を取得した相続人が、第三者に対して対抗関係に立たず、その権利を主張できるとしている。しかし、第三者である買い手にとっては、「相続させる遺言」の有無を確認することは困難である。
また、現行制度においては、遺産分割が済んでいるか済んでいないか、登記記録からは分からない。
この問題については、下記2つの対応方法がある。
① 遺産分割が済むまで、相続人が相続財産を処分できないようにする。
② 遺産分割が済んでいるのかいないのか、登記記録から第三者にも分かるようにする。
「遺言執行者がいる場合には、相続人による相続財産の処分は、絶対無効」となっていることも、買い手にとってのリスクである。
(3)遺言の発見
遺産分割が済んでから、遺言が見つかって、遺産分割の内容が覆ることも、ありうる。
このことも、買い手にとってのリスクである。
〔中島コメント〕
この論稿に載っていた提案については、様々な点で、前進がありました。
相続証書については、「法定相続証明情報」制度の創設がありました。
「相続させる遺言」「遺言執行者がいる場合」の問題については、相続法の改正において、第三者を保護するための規定の導入がありました。
「遺言の発見」についても、自筆証書遺言についての保管制度の創設がありました。
本書の各論稿での各提案が、その後、様々なかたちで、一部実現に至っています。
あらためて、今後の相続法制の行方を探るために、重要な基礎文献との印象を、個人的に強くしました。