【法学】水野紀子『相続法の立法的課題』⑩⑪⑫⑬ 有斐閣

水野紀子『相続法の立法的課題』有斐閣 2016.3
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641137332

10 遺留分制度の意義について─裁判例の分析による一考察(青竹美佳)

 過去の裁判例を分析。遺留分制度は、実際には、どのように機能してきたのか。

 裁判例群のなか、主に問題になっていた事案は、介護への貢献、農業漁業への貢献など、被相続人の生活や事業へ寄与した相続人に報いるための遺贈や贈与に対し、介護などには関わっていなかった相続人が、遺留分の減殺を請求した事案。
 遺留分という制度の目的のひとつに「相続人間の公平の確保」がある。しかし、こうした事案で、寄与のない相続人からの減殺請求を認めることは、本当に「公平」なのか。
 類似した問題は、寄与はあるけれども血縁のない者への遺贈・贈与について、寄与のない相続人が減殺を請求する場合にも、生ずる。遺留分制度の、もうひとつの目的、「相続人の生活の保障」。しかし、戦後、被相続人からは自立して別な世帯を形成することが多くなった相続人に対し、その生活を保障する必要が、どこまであるのか。

 また、特徴のある事案としては、「長期にわたり婚姻関係の破綻していた配偶者からの減殺請求」「同様に、長期にわたり養親子の関係が形骸化していた養子からの減殺請求」がある。

 こうした問題がある一方で、遺留分という制度が有効に機能している事案として、「被相続人との共同生活からの排除を受けていた『嫡出でない子』『前婚の子』による減殺請求」がある。ひとは、「血縁のある者」よりも、むしろ、「共同して生活していた者」に、その財産を遺贈・贈与する傾向があるようである。

 なお、遺言に対する遺留分の減殺請求にあたっては、認知症による無効の主張が合わさっていることが、ままある。

〔中島コメント〕

 「長期にわたり婚姻関係の破綻していた配偶者からの減殺請求」「同様に、長期にわたり養親子の関係が形骸化していた養子からの減殺請求」という事案のあることが、個人的に印象的です。このことは、相続対策において、離婚・離縁による相続関係の整序が必要になることがありうることを、示しています。

 また、本稿での裁判例群の分析を通じて、「家族」が、様々な葛藤を抱えることがありうる存在であることを、あらためて個人的に感じました。
 「ひとは、共同して生活していた者に、その財産を遺贈・贈与する傾向があるようである」。本当の意味での「家族」とは、法律上の婚姻関係・親子関係ではなく、そして血縁上の婚姻関係・親子関係でもなく、「共同して生活していく関係」なのかもしれません。

 本稿は、遺留分という制度に対して、おおむね否定的に評価していました。同様に、沖野眞已先生も、ジュリストでの特集「相続法改正と実務」での座談会において、こういう趣旨のことを語っていました。「遺留分が金銭請求になったのは、遺留分に対する否定的な評価からである」。本稿が改正に影響したのかもしれません。

 思い付きメモ。死後事務委任契約について、報酬を高めに設定することで、遺留分の減殺を回避することはできないでしょうか。この場合、負担付き遺贈と同じように、減殺を受けることになるのでしょうか。
 なお、死後事務委任契約について、報酬をゼロとして、遺贈で死後事務に報いる場合には、「遺贈」ですので、明らかに、遺留分による減殺の対象となります。このことには注意が必要でしょう。

11 フランス法における遺留分(松川正毅)

 日本法における遺留分の淵源は、フランス法にある。そして、日本法においては、フランス法とは、かけ離れた解釈が定着している。あらためて、フランス法における遺留分の解釈を紹介する。

 遺留分は、遺産分割の前提として存在している。遺産分割は公証人が主導する。遺留分の侵害がある場合には、原則、全相続人が遺留分を請求する。請求により、遺産分割の対象となる財産を整え、その上で、分割が進んでゆく。
 なお、遺産分割の対象となる財産の整理、その前提として、死亡配偶者の財産に対する、生存配偶者の権利の算定、その清算がある。

 フランス法における遺留分の解釈にあたっては、「遺留分」「自由分」「持戻し」「充当」の四語が重要である。
□ 被相続人が生前にした贈与(持ち戻し有り)については、贈与財産の現物が遺産に戻る。その贈与財産は、受贈者相続人の遺留分に充当となる。
□ 被相続人が生前にした贈与(持ち戻し無し)については、贈与財産の現物は遺産に戻さないまま、その贈与財産の価額を被相続人の自由分に充当することとなる。
□ 被相続人による遺贈については、遺贈財産の価額は、被相続人の自由分に充当することとなる。
 なお、贈与財産の持ち戻しの有無については、被相続人が指定する。

 以上の計算を経て、被相続人がその自由分を超えて、その財産を遺贈または贈与していたときには、その超過部分は、遺留分として減殺を受け、遺産分割の対象となる財産を構成することとなる。
 こうした計算について、式にすると、下記の通りである。

 「被相続人の死亡時に残存する財産」
+「持ち戻された財産」
+「減殺された財産」
=「遺産分割の対象財産」

〔中島コメント〕

 公証人による主導のもとで、遺留分の請求手続と、遺産の分割手続とが、一体となっていることが、たいへん興味深いです。日本法では、これらの手続が、別々に進むこととなっていて、そのことが、不都合を生じています。

12 実務における可分債権の処理(松原正明)

 相続における可分債権の取り扱いについて、諸々の学説を紹介。それぞれの学説によって、以下の点に違いが生じる。

・ 遺産分割の対象となるか
・ 行使態様
・ 持分の存否
・ 持分があるとした場合の譲渡の可否
・ 行使後または譲渡後の法律関係

 本稿では、合意説(判例理論「可分債権は相続により当然分割となり各自承継」のもとで全相続人の合意により遺産分割対象とできるとする)に拠りつつ、その説では「一部の相続人が遺産分割前にその自己の権利を行使または譲渡した場合」に、公平の面から・手続きの面から、問題が生じることも、指摘。行使した者、譲渡した者が、有利になる。
 より詳しく言えば、具体的相続分からすると、法定相続分よりも少ない権利しかないはずの相続人が、遺産分割前に、法定相続分に基づいて、自己の権利を行使または譲渡した場合、具体的相続分よりも多くの権利を取得できることになる。そうした相続人からすると、可分債権を遺産分割の対象とすることに合意せず、自己の権利を行使するほうがよい、ということになる。
 なお、同様の問題は、相続財産である不動産に関する、相続人による遺産分割前の持分譲渡においても生じる。

 上記問題は、準共有説(遺産分割が済むまで全相続人は各自での権利行使ができない・持分譲渡ができない)なら、解決できる。しかし、また別な問題が生じる。遺産分割前に、預金を払い戻す必要があるときに、払い戻しができないこととなる。

 そして、準共有説には、理論面での問題もある。準共有という、物権法における概念を、債権にまで及ぼしてよいのか。債権については、その性質によって、その権利関係が定まるのではないのか。

〔中島コメント〕

 本稿が指摘した問題、「遺産分割前の権利行使・持分譲渡」については、今般の相続法の改正において、手当てがありました。行使した相続人、譲渡した相続人の同意は必要とせず、他の相続人たちによる同意で、その財産を遺産分割の対象に含めることができるようになりました。
 また、「遺産分割前に、預金を払い戻す必要があるときに、払い戻しができない」という問題についても、一定の要件のもと、相続人が払い戻すことができるようになりました。

 最後の問題、「債権に準共有が成立するのか」は、個人的に興味深いです。
 この問題について、預金債権の相続に関する最高裁大法廷決定(H28.12.19)は、どのように理論構成しているのでしょうか。ますます決定の原文を読んでみたくなりました。

13 偶感・現代日本における相続法学説(大村敦志)

 本書のもとになった私法学会のシンポジウム、その報告群によって、相続法に関する議論の空間が出来上がった。
 報告群のなかには、「内在的な概念整理」と、「外在的な問題指摘」の両方があった。より一般的に、学説の役割について触れたものあった。
 また、相続法と信託法、相続法と贈与法、これらの関係については、相続法を上位法とする水野報告、両法を対等とする沖野報告があった。

 潮見報告は、より一般的には、遺言による財産処分の態様と、その効果との関係を、どのように整理するか、という問題に、つながってゆく。

 残る問題。そもそも、相続の役割、遺産の実態について、あらためて考えるべきではないか。
 相続の役割について、従前からの理解である「清算」「扶養(生活の保障)」のままでよいのか。
 遺産の実態についても、日常生活における継続的な財産関係を、どの程度まで財産法の論理で把握できるか、あらためて検討するべきである。財産法の論理による財産関係の把握によって、遺産の範囲を画することが、容易になるはずである。
 また、ひとくちに遺産と言っても、その財産は、下記のように区別できる。

(1)先祖伝来の財産
(2)一代での財産
 ア 婚姻後の共有財産
 イ 婚姻後の固有財産
 ウ 婚姻前の固有財産

 このことについて、より一般的な言い方にすると、「生前から死後に向けての財産管理のプロセスを、どのように把握するか」ということになる。

 最古の概説書である穂積重遠の『相続法』(1947年)。そこには、すでに「配偶者居住権」「可分債権の取り扱い」について、問題の指摘があった。
 法定相続と遺言相続は、必ずしも一体のものではない、という指摘もある。
 また、相続の根拠についても、タテの要請(種族保存)とヨコの要請(共同生活)の両面について指摘がある。ヨコの要請とは、「相手が死亡したことによって、そのまま請求先が無くなるのでは困る」ということである。
 「権利義務の包括承継は、人格の承継ということである」という指摘もある。この指摘についても、「『人格の承継』は、古い概念である」と言わず、あらためて吟味する必要があるのではないか。
 この概説書から70余年、戦後においても、直近の概説書(中川善之助『相続法』)から20年弱、相続法学説の結集としての概説書が、いま再び現れるべきなのではないか。

〔中島コメント〕

 相続法と信託法、相続法と贈与法、それぞれの関係という問題については、実務にも直結しますので、個人的にも探求したいです。

 本稿が指摘した、相続財産の重層性も、個人的に興味深いです。
 相続財産について考えることは、夫婦財産について考えることにも、つながってくるようです。

 「生前から死後に向けての財産管理のプロセスを、どのように把握するか」。
 この言葉からは、成年後見業務を、個人的に連想しました。成年後見人は、被後見人の財産を調査して把握しますので、「被相続人の生前からの相続財産管理人」ともいえるかもしれません。現状では、成年後見人は、遺産承継手続については、制度上は、「相続人への相続財産の引き渡し」までしか、関わらないことになっています。しかし、事実上は、その後の遺産承継手続にも、続けて関わることが、ままあります。成年後見制度を、どのようなかたちで、公式に遺産承継制度につなげてゆくのか、ということも、検討するべき問題なのではないでしょうか。

 相続の根拠について、タテの要請(種族保存)とヨコの要請(共同生活)の指摘も、単純なだけに、個人的には説得力があるように考えました。

 大村先生が著した『基本民法8 相続編』も、個人的に読んでみたくなりました。

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