【読書】新井紀子『AIvs.教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社

新井紀子『AIvs.教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社 2018.2.2
https://str.toyokeizai.net/books/9784492762394/
ほぼ日刊イトイ新聞 「ヘンタイよいこ」新井紀子は明日への希望を忘れない。
https://www.1101.com/torobo_talk_arai/
東洋経済ONLINE 養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談 上・中・下
https://toyokeizai.net/articles/-/226734
https://toyokeizai.net/articles/-/226741
https://toyokeizai.net/articles/-/226743
TED日本語 新井紀子 ロボットは大学入試に合格できるか?
http://digitalcast.jp/v/25858/

1 書籍

 著者の新井紀子さんは、数学者。AI技術でロボットが東大入試に合格できるか、挑戦している。そのロボットのことを「東ロボくん」という。なぜ「ちゃん」ではなく「くん」にしたのか。「女で、こんなKYいないからです」。

 AIの本質は、計算。従って、数学で処理できることしか、処理できない。数学における計算方法は、3パターン。論理・確率・統計。
 東ロボくんは、入試問題を、これらの方法で解いている。文章のなかの複数の単語を抽出して、ビッグデータと照らし合わせ、いちばん正解率の高い単語を選んで解答。このような、ビッグデータを利用した解答方法は、ディープラーニング技術によって可能となった。

 このように、AIは、「意味」を理解して、解答しているわけではない。
 AIにない「意味を理解する能力」が必要となる仕事が、今後、残ることになるだろう。たとえば、ソーシャルワーカー、臨床心理士。
 特に、子育ては、最後まで人間がすべき、高度な知的活動である。

 一方で、AIに対抗して働いてゆくこととなる子どもたちの能力は、いま、どのような状態なのか。新井さんは、中学生・高校生を対象に、彼ら彼女らの読解力をテストした。
 テストの内容。係り受け、照応、同義文判定、推定、イメージ同定、具体例同定。同義文判定から、現段階でのAI技術では、難しくなってくる。後の3つは、ほぼ不可能。
 テストの結果。AIでも簡単にできる「係り受け」の問題について、中学生の正答率は38%。生徒たちの大部分が「意味を理解する」どころか「教科書を正確に読む」ことができていないことが分かった。
 彼ら彼女らにとっては、AIにはできない仕事(「意味を理解する能力」が必要となる仕事)は、難しい。AIは、問題解決こそできないけれども、コストの削減には、有用である。コストの削減は、人件費の削減も含んでいる。彼ら彼女らの未来には、失業が待っている。

 新しい技術の発展と普及。そのことに伴う失業。そして、失業が遠因となる不況。不況の果てに、やってくる恐慌。
 かつての産業革命から、経済恐慌への道のりが、そうだった。
 今また、AI技術の発展と普及により、同じことが、より大きな規模で、起ころうとしているのではないか。

 子どもたちの読解力を、上げること。それが、子どもたちが生き抜いてゆくために必要なことである。子どもたちは、放っておいたら、勉強しない。たとえば、戸田市では、教師たちの努力によって、子どもたちの読解力が上がった。教師、家族、社会が、子どもたちが勉強するよう、働きかけてゆくべきである。

2 ほぼ日刊イトイ新聞 記事

 新井さんは、大学時代、法学部だった。
 法学も、数学も、言葉の学問。
 世界のなかで、言葉で捉えることのできる部分だけが、これらの学問の対象となる。
 従って、これらの学問で捉えて解決できる問題の範囲には、限界がある。

3 東洋経済記事 記事

 ネットそしてSNSにおけるポピュリズム。
 ネットを利用している人間の8割が、SNSで発信できるようになった結果、情報がウソだらけになった。
 こうした状況のなかで、民主主義が活きてゆくためには、言葉の安定性、そしてリテラシーが必要である。
 たとえば、35人のうち34人が違うと言っても、正しいことは正しいと言って、前に進むのが民主主義である。

 リアルとは、私がいて、誰かと実際に会って、話すということ。
 コミュニケーションとは、そうしたホリスティック(全体的)なもの。ホリスティックな理解が、信頼関係を支える。
 文章で表現できることは、表現したいことのうち、1割。そして、文章で伝わることは、文章で表現したことのうち、1割。
 スマートフォンの小さな画面で、文章でのやりとりをしているだけでは、お互いにホリスティックな理解はできない。

「世界は論理的・合理的にできている。だから世界の動きは予測できるはず」
「世界は変わらない」
 こうした前提で、統計というものが幅を利かせている。
 しかし、世界は変わってゆくもの。
 変わらない前提での統計が、また次の統計の基礎になり、そして更に次の統計の基礎になってゆく。その繰り返し。そうした統計の積み重ねによる判断は、おかしなものになる。たとえば、「顔で再犯率が分かる」。

〔中島コメント〕

 読解力テスト、私も、数学に関連する文章問題が、2問、できませんでした。
 数学には、独特な論理があるようです。勉強してみると、面白そうです。

「AIにない『意味を理解する能力』が必要となる仕事が、今後、残ることになるだろう」
「たとえば、ソーシャルワーカー、臨床心理士」
 私は司法ソーシャルワーカーを目指していますので、我が意を得たりでした。

 さらにいえば、「言葉にならない」意味を理解する能力が、今後は、より重要になってくるのではないでしょうか。
 認知症高齢者、そして子ども。言葉を失くした、または、まだ言葉を十分には獲得していないひとたちの行動、その意味を読み取る能力です。
 たとえば、平田オリザさんは、『わかりあえないことから』において「弱者のコンテクスト(文脈)を理解する能力」の重要さを指摘しています。

「法学も、数学も、言葉の学問」
「世界のなかで、言葉で捉えることのできる部分だけが、これらの学問の対象となる」
「従って、これらの学問で捉えて解決できる問題の範囲には、限界がある」
 この言葉、個人的に、興味深いです。
 この言葉に関連して、思い出した言葉があります。『家事事件手続法』における、学者さんの発言です。「心理上の葛藤を調停で解決すべきなのか」。法学では、「心理上の葛藤」は、捉えきることができず、解決できないのかもしれません。
 こうした法学における限界を意識しつつ、依頼者さんの抱える「心理上の葛藤」も読み取りながら、相談にのってゆく。そのことが、今後の仕事のなかで、重要になってくるのかもしれません。

「たとえば、戸田市では、教師の努力によって、子どもたちの読解力が上がった」
 教師の努力について読んで、大村はまさんの『新編 教えるということ』を、思い出しました。生徒ひとりひとりについて、大村さんは、読みあぐねていないか、丁寧に観察して、もしそうなら、その原因は何なのかを見極めて、その原因に合わせて、じっくり指導していたといいます。ひょっとしたら、現代の教師さんたちは、取り組むべきことが多すぎて、こうした指導が、十分にはできていないのかもしれません。

「子どもたちは、放っておいたら、勉強しない」
「教師、家族、社会が、子どもたちが勉強するよう、働きかけてゆくべきである」
 これらの言葉、個人的に、気になりました。
――どうして、子どもたちは、放っておくと、勉強しないのか。
 そのことについて、あらためて、考えてみるべきではないのでしょうか。
 このことに関連して、河合隼雄さんは、『日本文化のゆくえ』において、教育について、「子どもたちを操作の対象にしているのではないか」という問題を提起しています。
 そして、河合さんは、子どもたちを操作するよりも、「一人一人の子どもが、どのようにして生きていこうとしているのか、その物語に寄り添っていくことが必要になるだろう」と書いています。
 子どもたちが勉強しないこと、その謎を解く手がかりが、こうした河合さんの言葉のなかに、あるような気がします。
――この時代、この社会で、どうやって生きてゆけばいいの?
 子どもたちが勉強しない原因として、こうした子どもたちからの問いかけがあるのだとしたら、大人たちは、その問いかけに、きちんと答えているでしょうか。
 なお、こうした問題については、『日本文化のゆくえ』の他に、下記の好著があります。
河合隼雄『子どもの宇宙』(岩波新書)
岩宮恵子『生きにくい子どもたち』(岩波現代文庫)

 また、霊長類学者・河合雅雄さんの『子どもと自然』(岩波新書)によると、人間の長寿化により、人間の成熟する年齢も、20代・後半まで伸長しているそうです。
 「人間の成熟」は、「意味を読み取る能力」と、切り離すことができない関係にあるのではないでしょうか。
 そうだとしたら、子どもたちに対して、「意味を読み取る能力」の発達について、中学生・高校生で達成することを求めることは、無理難題なのかもしれません。
 「早い段階で、『意味を読み取る能力』を、身に付けなさい」。そうした発想は、子どもたちに対して、「早く大人になれ」と迫る発想なのかもしれません。
 子どもは「小さな大人」(大人予備軍)である。そうした意味づけを、こうした発想からは、個人的に感じます。

 参考までに。子どもの言葉の発達については、下記の書籍があるようです。
今井むつみ『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)
柏木惠子『新装版 子どもの「自己」の発達』(UPコレクション)

 最後に。AI技術は、その開発ができる資金・資源・環境があってこそ、発展そして普及を続けてゆくことができます。そうした資金・資源・環境のある状況は、今後の政治・経済・社会の動きのなかで、はたして、いつまで続いてゆくのでしょうか。成長鈍化、累積債務、社会保障給付赤字、エネルギー枯渇、等々。楽観はできないように、個人的には考えます。

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