【読書】中原淳『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社
中原淳『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社 2006.10
https://www.diamond.co.jp/book/9784478440551.html
編者の中原淳さんは、現在、立教大学・経営学部の教授さん。
経営についての学習の一環として、「ひとに育って頂くこと」についても学習しようと、読んでみました。
「教育とは、個人による学習を支援すること」
明快な定義。教育する相手を、操作の対象とはしない立場。共感しながら読むことができました。
1 学習方法
学習方法には、「学習転移」(座学)と「経験学習」(実学)がある。
(1)「学習転移」(座学)
(本などから)知識を習得して、応用する。一定の理論体系が存在することを前提とした学習方法。
(2)「経験学習」(実学)
自分の経験を、省察して、概念化して、実践する。実践した経験を、また省察して… このくりかえし。
こうした経験学習の方法を身に付けた実務家のことを「反省的実践家」という。
この「概念化」において、「学習転移」(座学)が役に立つ。理論は、「覚えるべきもの」ではなく、「自分の経験を映す鏡」である。
経験学習には、学習者が自分自身の陥っている習慣に気付き、その習慣から抜け出すため、「学習者とは違った視点からの問いかけができる他者」(ファシリテーター)の存在も重要である。
2 熟達
(1)「定型化熟達者」と「適応的熟達者」
熟達者には、「定型化熟達者」と「適応的熟達者」がいる。
「定型化熟達者」とは、「決まった手続きを、早く、正確に、自動的に行える人」。
「適応的熟達者」とは、「変化しうる状況のなかで、一定の手続きがない課題に対して、柔軟に、確実に対処できる人」。
(2)熟達者の特徴
ア 記憶力の向上
熟達者は、学習の際に、何を覚えたらよいのか、上手く選別することができるので、必要な知識を記憶しやすくなる。
イ 下位技能の自動化
熟達者には、「特段の注意を払わなくても、できる作業」が多くなる。
ウ 問題の直感的把握
熟達者は、その知識と経験の蓄積から、問題を発見しやすい。発見しやすい分、問題の解決のために、多くの労力と時間を集中することができる。
(3)熟達のためには
熟達のためには、先輩や上司などの有能な他者との共同作業が必要になる。先輩や上司は、次の4段階を通して、学習者の熟達を支援してゆく。
ア モデリング
熟達者が模範を示し、学習者はそれを見て真似る。
イ コーチング
熟達者が手取り足取り学習者を指導し、助言する。
ウ スキャフォルディング
自分でできるところは学習者に独力でやらせてみて、できないところだけを支援する。
エ フェイディング
だんだんと支援を少なくしていき、学習者を自立に導く。
〔中島コメント〕
「定型化熟達者」と「適応的熟達者」。畑村洋太郎さんの『失敗を生かす仕事術』に出て来た「偽のベテラン」「真のベテラン」にも通じる話です。
座学と実学、両方とも、支援のためには、「学習時間の確保」が、まず重要でしょう。
長時間労働が慣行化している職場では、学習時間が確保できないことから、ひとは「定型化熟達者」になることはできても、「適応的熟達者」になることは、できないのではないでしょうか。
また、私がいままで勤務してきた職場のうち、いくつかにおいては、先輩や上司から、新人に対して「仕事の覚えが悪い」「考えれば分かるだろう」という叱責が、日常化していました。
この「仕事はすぐ覚えることができる」「考えれば分かる」の前提が、熟達者の特徴である、「記憶力の向上」「下位技能の自動化」「問題の直感的把握」なのでしょう。上記の職場は、学習者に、最初から熟達者なみの素質を求めていたわけです。
『経験から学ぶ経営学』には、「即戦力の重視とは、育成の軽視と同義である」という言葉が、載っていました。
ひとに育って頂くためには、ある程度、長い時間が必要なのでしょう。
なお、司法書士業務についての熟達に関して、必要となりそうな座学・実学を、以下、列挙しておきます。
[座学]
実体法 民法・会社法…
手続法 不動産登記法・商業登記法…
[実学]
問題解決論
聴く力
伝える力(話し方・文章力・図解力)
文献調査論
書類作成論
こうして列挙していくなかで、特に登記業務について、「この業界一般において、実際の司法書士としての仕事に即したかたちで、知識の整理がなされていない」という問題が、個人的に見えてきました。
「経験学習」でいう「概念化」が、あまり進んでいないのです。
現状、現場では、個々の司法書士が、断片的な知識・情報、個人的な経験を駆使して、個々の仕事に取り組んでいる。そうした印象が、個人的にはあります。
「実際の司法書士としての仕事に即したかたちで、知識を整理すること」。そのことにチャレンジすること、面白そうです。
3 自己効力感 学習性無気力
「自分は、その行動を上手く行うことができる」(効力期待)
「自分の行動が、ある結果をもたらす」(結果期待)
この両方の期待があってこそ、ひとには「自分が自分の環境をコントロールできる」という「自己効力感」が生じて、その行動に積極的に取り組んでゆくことができるようになる。
この「自己効力感」を得ることができない状況、つまり「自分が自分の環境をコントロールできない」と、本人が考える状況にあるとき、そのひとは、行動してゆく気力を失う。このことを「学習性無気力」という。
なお、ひとの「やる気」には、目標の明確さも、大きく影響する。
〔中島コメント〕
上記コメントにおいて触れた「仕事の覚えが悪い」「考えれば分かるだろう」という叱責が日常化した職場では、新人が、数ヶ月で辞めてゆくことが、ままありました。「自分が仕事で結果を出すことができる」という「自己効力感」を得ることができず、「学習性無気力」に陥ったのでしょう。
「自己効力感」は、ひとの定着のためにも、重要であるようです。
また、この「自己効力感」「学習性無気力」という概念からは、「学生たちの元気のなさ」「若者たちの元気のなさ」を指摘して、本人たちの意欲の問題とする視点の危うさも、個人的に感じます。
「授業を受けて、大学を卒業して、就職する」
「指示を受けて、給料を得て、生活する」
こうした環境において、学生たち、若者たちに、「自分が自分の環境をコントロールできる」余地が、どれほど、あるのでしょうか。
そもそも、その学生・若者に本当に元気がないのかが、まずもって問題となるべき(元気とは、どのように計測するのでしょう)ですけれども、もし本当に元気がないとしても、その原因は、本人の意欲にあるのではなく、本人を取り巻く環境にあるのかもしれません。
目標の明確さが、ひとのやる気に影響することも、この本には短い指摘としてしか載っていませんでしたけれども、個人的には大変重要だと考えます。
「対価を得るため」「給与を得るため」のみならず、「自分と他者とが、ともに生きていくため」に、学んでゆくこと、働いてゆくこと。そのように学んでゆくこと、働いてゆくことは、いまある人間関係を、きちんと維持してゆくこと、そして広げてゆくことにつながること。さらに、いまある人間関係を、維持・拡大してゆくことが、自分たちの、そして自分たちに関わりのあるひとたちの、よりよい生活につながってゆくこと。
こうした認識を、私とスタッフさんたちとで、しつこくない程度に、機会があるごとに共有してゆきたいものです。
4 組織学習
企業研修においては、学びを仕事につなげるために、「実際の組織における、問題の解決を提案する」という内容の研修を企画することが、ままある。
しかし、そうした研修を通して結実した提案は、ほとんどの場合、立ち消えになる。
その原因は、研修を企画する人事部が、組織の抱える問題を解決するため、研修を通して結実した提案を、実行してゆくよう、担当部署に働きかけてゆく、そうした立場にないためである。
しかし、これからの研修の企画においては、研修の成果を活かして、組織の変革を進めてゆくようにする、「組織学習」という視点が、重要なのではないか。
そして、研修を企画する人事部は、「組織学習」を主導して行く役割を、果たすべきなのではないか。
〔中島コメント〕
「組織学習」。個人での学習、そして、その支援を、組織の運営の改善につなげてゆくこと、たしかに大事です。
私の事務所のように、少人数のチームにおいては、組織学習は、実現しやすいはずです。
ある程度、大きな企業において、事業部制を採用している場合には、この本にあるように、人事部が企画した研修の成果を、他の事業部に及ぼしていくことは、大変そうです。
そのためには、どうしたらよいか。その問題を、編者の中原さんは、この本よりも後に執筆した『職場学習論』や『経営学習論』において、取り扱っているのかもしれません。これらの著作にも、個人的に、興味が湧いてきました。
なお、前回の『経験から学ぶ経営学入門』、そして今回の『企業内人材育成入門』、これらの読書を通じて、「リーダー」「コーチ」「ファシリテーター」という役割の大切さも、個人的に認識することができましたので、そのことを書きとめておきます。