【読書】大久保幸夫『マネジメントスキル実践講座』経団連出版

大久保幸夫『マネジメントスキル実践講座』経団連出版 2020.3.1
https://www.works-i.com/research/books/detail005/

 著者の大久保幸夫さんは、リクルートワークス研究所・所長。
 私は、20代の前半に、大久保さんの著書のうち、『キャリアデザイン入門』Ⅰ・Ⅱ日経文庫、『日本の雇用』講談社現代新書を、読んだことがあります。前者の内容は、「20代は、目の前の仕事を、一所懸命にやる。30代になってから、自分の専門分野を決める」。後者の内容は、「雇用が不安定になった現況、若者は、お金を貯めておくべし」。どちらも、私の進路選択、職業人生について、参考になりました。
 その後、35歳になった今、私は、司法書士事務所を経営するようになりました。そこで、このところ、経営について、個人的に学習していたら、たまたま、本屋さんにて、大久保さんの、この新著を、発見しました。面倒見のいい、知り合いのおじさんが、声をかけてきてくれたかのような、印象でした。「よっ、元気でやってるかい?」(^_^)/笑
 これも、ご縁、ということで、読んでみました。

第1 内容要約

1 マネジメントの概要

(1)マネジメントとは

 マネジメントとは、「他者を通じて業績を上げること」。
 業績には、短期における業績と、中長期における業績とがある。マネジャーは、目先の仕事に関して、短期の業績を上げる、その一方で、中長期の業績のために、先々の仕込みも、しておくべき。

(2)マネジャーの減少

 日本の人口における、年齢の構造の変化によって、マネジャーのポストは、減少してきた。
 マネジャーという地位は、ひとのキャリアにおいて、自然に「なってゆく」ものではなく、自らの意思で「なる」ものに、変わってきた。

(3)プレイング・マネジャー

 日本企業における、マネジャーの8割は、プレイング・マネジャー。マネジャーが、自分も、業務にあたっている。
 マネジャーが、業務にあたることは、「現状を把握すること」「部下に対して『やって見せる』こと」にも、つながるので、良いことではある。
 ただ、マネジャーが、業務にあたりすぎると、そのチームの業績は、悪化する。マネジャーが、その仕事に費やす時間のうち、実際に業務にあたる時間は、半分未満とすることが、望ましい。

 マネジャーが、自ら、あたっても、いい業務は…

  これまでとは異なるやり方を求められる業務
  他者・他部署との連携が必要な業務
  自分にしかできない高度な業務

 業績のいいマネジャーが、していることは…

  会社の内外における部下の指導(特に社外での指導)
  部下の業務の代行

 業績の悪いマネジャーが、していることは…

  社内事務作業
  商談
  クレーム対応
  社内会議
  戦略立案

(4)マネジメントとリーダーシップとの違い

 リーダーシップとは、「正しいことを行うこと」。「変化に対処すること」(改革の主導)。「望む結果を定義しており、何を達成したいのかという質問に答えようとするもの」。「WHATを問うもの」。総じて、「日常の行動習慣として形成されるもの」。
 マネジメントとは、「物事を正しく行うこと」。「複雑な状況に対処すること」(オペレーションの管理)。「手段に集中しており、どうずれば目標を達成できるかという質問に答えようとするもの」。「HOWを問うもの」。総じて、「専門的な知識・技術として学習するもの」。

2 マネジメントの哲学(アート/ビジョン)

 大久保さん自身が、マネジャーとしての長年の経験から得た、マネジメントについての哲学(アート/ビジョン)は、次の通り。

(1)部下を見放さない、あきらめない

(2)自らプロになりプロを育てる

 「プロ」の語源は、中世ヨーロッパにおける「Profes」。キリスト教において、神に対して、宣誓すること。
 日本には、「プロ」と同様の意味の言葉として、「玄人」がある。「玄人」の「くろ」は、もともとは、「黒」を意味していた。「黒」のなかにも、多様な色合があることが分かるひとのことを、「黒人」といい、それが転じて「玄人」になった。一方、「素人」は、もともとは、「白人」だった。平安時代、芸人のうち、踊りも歌も楽器もできないひとが、顔を白く塗っていたことから、「白人」という言葉ができ、それが「素人」へと、変わっていった。

 プロの条件は、「分かる」ことと、「できる」こと。前者は、専門知識としての公的知識があること。後者は、専門技術について、自らの手で、再現できること。

 プロの要素は、次の通り。

  自律と自己責任
  利他性
  職業倫理
  絶えざる向上心
  信念

 特に、イノベーションのもとになるものは、知識と経験とが裏打ちした、「筋の良い信念」である。

(3)マネジメントは「管理」から「配慮」へ

 配慮を主旨とする、マネジメント。その要素は、次の4つである。

  関心(スタッフひとりひとりの強み・弱みを明確に理解していて語ることができる)
  補完(スタッフたちの強み・弱みを相互に補完する組み合わせを作ることができる)
  支援(スタッフの仕事を側面支援する)
   スタッフの過労や健康について常に気を配っている
   スタッフが中長期的にどのようなキャリアを目指しているのか理解している
   スタッフが抱える悩みについてプライベートの問題も含めて相談を受ける
  環境(仕事がやりやすい環境をつくる)

(4)働きやすく働きがいがあるチームをつくる

(5)ワーク・エンゲイジメントのためのエンパワー

 ワーク・エンゲイジメントは、そのひとの、仕事についての、活力・熱意・没頭の源泉となる、意識。
 ワーク・エンゲイジメントと、ワーカー・ホリックとは、違う。ワーク・エンゲイジメントは、「自ら、積極的に、仕事に打ち込んでいる意識」。ワーカー・ホリックは、「仕事に追われて、消極的に、仕事に打ち込んでいる意識」。

 スタッフが、ワーク・エンゲイジメントを持つために、マネジャーは、そのエンパワーに、努めるべきである。エンパワーとは、「有意味感と有能感を刺激すること」である。「この仕事は、自分にとっても相手にとっても、とても重要な仕事である」。「この仕事について、自分は、高い品質で成し遂げることができる」。

(6)マネジャーはプロデューサー

 マネジャーは、「他者を通じて、業績を上げる」という存在である。自分一人だと、業績を上げるといっても、どうしても限界がある。他者を通じて業績を上げるなら、その限界が、ほぼ無くなる。
 マネジメントの相手にとってみても、そのひとが実現したいゴールを描き、それを実現するための、仕事の割り振りや、エンパワーを、うまくやっていくことができれば、とても大きなことが実現可能になる。
 本当にやりたいことがある、本当に実現したいことがあるなら、そのとき、学ぶべきことは、マネジメントである。

3 マネジメントの原理原則(クラフト/経験)

 マネジメントについての先人たちが遺した、経験則を、大久保さんなりに統合すると、次の通りとなる。

(1)すべての関係者の強みを知る
(2)やって見せて、真似させる
(3)問いかけ、耳を傾ける
(4)期待して、任せて、見守る
(5)正しく褒めて、正しく叱る

4 マネジメントのサイクル(サイエンス/分析)

 マネジメントにおいて、マネジャーは、日常、下記の(1)から(4)までのサイクルを、繰り返して回していくことになる。サイクルの、それぞれについて、大久保さんは、本書において、細目を、8項目ずつ、紹介している。

(1)目標設定

 ①先取り・仕掛け ②期待値調整 ③俯瞰的理解 ④ジョブ・クラフティング
 ⑤職務リスト化 ⑥職務廃止 ⑦成功ポイントと障害の想定 ⑧下地づくり

(2)職務分担

 ⑨分配戦略 ⑩職務の再編と統合 ⑪ストレッチ ⑫最適マッチング
 ⑬手上げ誘導 ⑭意義付け ⑮工数・納期管理 ⑯権限委譲

(3)達成支援

 ⑰進捗管理(モニタリング) ⑱見守り ⑲リアルタイム・フィードバック ⑳課題の予見
 ㉑側面支援 ㉒育成的支援 ㉓軌道修正 ㉔引き取り

(4)仕上検証

 ㉕加筆修正 ㉖完了確認 ㉗ディスクローズ ㉘反響フィードバック
 ㉙質と効率の評価 ㉚成果検証 ㉛改善指導 ㉜内省

 これらのサイクルを回してゆくことで、下記の効果を得てゆくことができる。それぞれの効果を得るために、留意しておくべきことも、併記しておく。

  業績向上
   ⇒ 抱え込まない 見えないところを大事にする
  効率向上
   ⇒ 無理・無駄を省く 投入時間にこだわる
  人材育成
   ⇒ 任せて任せず 外の視界を提供する
  イノベーション促進
   ⇒ 先手を取る 部下を舞台に上げる
  モチベーション向上
   ⇒ 機会を与える 貢献を称える

5 マネジメントの変化・応用

(1)多様な人材・総論

 現状、日本の企業は、「男性・正社員」ではない、多様な人材を、抱えている。
 人材が多様になることは、直接には、管理のためのコストがアップすることに、つながる。コストが、いったんアップすることについて、そのことを乗り越えて、労働生産性を上げてゆくためには、下記の、4つの改革を、同時に進めてゆく必要がある。

  ダイバーシティ経営
  プロフェッショナル人材育成
  マネジメント改革
  働き方改革

(2)多様な人材その1 育児パートタイマー

 育児しながら勤務する、パートタイマーの場合、その収入によって、税制や社会保険などについての適用の可否が、変わってくることが、ありうる。マネジャーは、そのパートタイマーの得る給与について、年間において、下記の金額を超えるかどうか、留意しておく必要がある。

  配偶者特別控除 150万円
  厚生年金・健康保険 106万円
  配偶者の会社からの扶養手当 103万円(大方の基準となっている金額)

 この留意は、具体的には、次のような問題への対策に、つながる。
「年末にさしかかったとき、パートタイマーが、それまで得た給与が、基準金額に比して、多すぎたことが判明する。そこで、そのパートタイマーが、年末の、出勤日数を、減らす。その出勤日数の減少によって、年末における、チームの人手が、不足する」

(3)多様な人材その2 妊娠・出産・復職

 妊娠・出産・復職する、女性のスタッフについて、マネジメントすることは、現状、マネジャーのうち、半数以上が経験する。
 妊娠・出産・復職は、女性にとって、もはや、スタンダードなキャリアパスである。
 妊娠の初期から安定期にかけては、つわり、流産の危険などについて、配慮が必要になる。妊娠して4~5ヶ月すると、安定期に入る。
 出産後の、女性の身体にも、配慮が必要である。
 また、出産を経て、育児をしながらの、キャリアプランについても、マネジャーが、本人の相談にのることが重要である。

(4)多様な人材その3 介護

 親の介護のために休む、スタッフに関しては、介護休暇制度がある。この休暇は、「そのスタッフが、自分で、その親を、介護するための休暇」ではなく、「その親の介護についてのサービスを、手配するための休暇」である。
 このような、制度の趣旨からすると、マネジャーに対して、スタッフが介護休暇を申請してきた場合には、マネジャーは、スタッフに対して、介護保険制度の存在について教え、その利用を促すことが、重要となる。また、介護保険制度外のサービスも、介護保険制度を補完するかたちで、存在しているので、そのことについても、示唆するべきである。
 また、親の介護について、スタッフは、「仕事の割り振り」や「昇進」への影響を懸念して、マネジャーに対して、隠すことが、ままある。隠していると、マネジャーの知らない間に、スタッフの負担が高じてきて、そのスタッフが、マネジャーにとっては「突然に」退職する、ということに、至ることがある。親の介護など、プライベートな問題に関して、スタッフがマネジャーに相談しやすい関係を、つくっておくことが、重要である。

(5)タレントマネジメント

 その企業にとって、将来有望な人材のことを、「タレント」という。

 タレントに対する目標設定は、高すぎて不安にならないよう、低すぎて退屈にならないよう、特に配慮が必要である。
 他の部署との連携が必要な仕事を、タレントに任せ、他の部署との人間関係の形成を促すことも、大事である。
 そのタレントに、その企業にとってのイノベーションとなるような、新しい企画を任せることも、そのタレントの育成にとって、効果がある。

 また、本人の、キャリアについての展望と、そのための自己学習、それらの両方について、マネジャーは、機会を付与して、支援してゆくべきである。

 タレントの育成にあたっては、マネジャーの寛容さも、重要である。
 寛容さとは、具体的には… マネジャーが、タレントに対し、信頼して、任せること。社内制度・ルールの運用について、遊びを持たせること。任せた以外の仕事に取り組むことを、黙認すること。働く場所や、時間について、できる限り、自分で決めることができるようにすること。

(6)個別マネジメント

 現代日本において、ひとびとの価値観は、多様化している。
 たとえば、忙しいほうが嬉しいひと、嬉しくないひと。受け持つ仕事の段取りについて、見通しが立っていたほうがいいひと、自分で組み立てたいひと。
 個人個人の価値観について知るためには、マネジャーは、個人個人に、向き合っていく必要がある。その手法として、たとえば、「1on1ミーティング」がある。
 1on1ミーティングでは、マネジャーは、スタッフから、まずは、次の2点について、聞くとよい。
「これまでのキャリア」
「キャリアの支援のため、仕事の割り振りのため、知っておいたほうがいいこと」

第2 中島コメント

1 経営実務テキストの読みにくさ

 先日紹介しました小倉昌男さんの『経営学』といい、この本といい、参考にはなるものの、経営実務についてのテキストは、内容を整序してのせるよりも、思い付いたままを書いて、そのままのせている印象が、個人的には、あります。そのため、これらの本は、いったん自分で読んでみて、自分なりに、その内容を整序して、理解する必要が、ありました。その分、余計な力が必要になり、個人的には、読みにくかったです。小倉さんも、大久保さんも、学者さんではなく、実務家さんですので、やむを得ないことですけれども…
 内容の整序についての問題は、具体的には、こういうことです。たとえば、この本では、大久保さんは、経営学者・ミンツバーグさんの『マネジャーの仕事』白桃書房から、「アート・クラフト・サイエンス」という、経営に関する概念についての整理方法を引いて、その整理方法を、ご自身の「哲学・原理原則・サイクル」に、転用しています。ミンツバーグさんの「アート・クラフト・サイエンス」という順番では、抽象概念から、だんだん、具体概念へ、話が順を追って進んでゆくこととなりますので、その分、理解がしやすいです。一方、大久保さんは、この本において、「アート・クラフト・サイエンス」に対応する「哲学・原理原則・サイクル」を、「原理原則・サイクル・哲学」に、組みかえています。そのため、「中間⇒具体⇒抽象」という順序で、話が進んでゆくこととなり、その分、話が、理解しにくくなっています。
 以上、経営実務テキストの読みにくさについて、個人的に気になりましたので、ここに書き留めておきます。

2 右足で歩きつつ左足で跳ぶ

「マネジャーは、目先の仕事に関して、短期の業績を上げる、その一方で、中長期の業績のために、先々の仕込みも、しておくべき」

 大久保さんの、この言葉は、作家、開高健さんの言葉、「右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ」(『風に訊け ザ・ラスト』集英社文庫)にも、通じるものがあります。個人的に、同感です。

3 業績の悪いマネジャーがしていること

 その一方で、この本において、大久保さんは、「業績の悪いマネジャーがしていること」として、「戦略立案」を挙げていました。しかし、「中長期の仕込み」としての「戦略立案」は、全くしないわけにも、いかないでしょう。しないわけにも、いかないとしても、限度が大事、ということなのでしょう。

 また、「商談」や「クレーム対応」も、「業績の悪いマネジャーがしていること」として挙がっていることが、個人的には、新鮮でした。「商談」は、「営業」と、言いかえることができるでしょう。「クレーム対応」は、「依頼者との関係のケア」と、言いかえることができるでしょう。これらのことについて、私、正直な話、抱え込みがちでしたけれども、そういえば、スタッフさんたちを信頼して、任せていっても、いいのかもしれません。

4 プロフェッショナル

 「プロ」の語源が、キリスト教の「宣誓」にあること、個人的に、興味深いです。このことから、更に、連想。キリスト教における、神に対する「宣誓」が、その後、委任契約における「善管注意義務」(高度注意義務)へと、発展していったのでしょうか。

 なお、「玄人」の語源が「黒人」であること、そして「黒人」とは、「『黒』のなかにも、多様な色合があることが分かるひと」であることについては、映画監督・宮崎駿さんが、同様のことを、指摘しています(『続・風の帰る場所』ロッキング・オン)。

 また、「プロ」の条件が、「分かる」と、「できる」であることについては、同様のことを、工学者・畑村洋太郎さんが、『失敗を生かす仕事術』講談社現代新書のなかで、指摘していました。なお、畑村さんは、同書のなかで、「できる」けれども「分かっていない」ひとのことを、「偽ベテラン」と呼んでいます。

 そして、プロの「利他性」については、個人的に、小倉昌男さんの言葉、「サービスが先、利益は後」を、連想しました(『小倉昌夫 経営学』日経BP社)。

 加えて、「絶えざる向上心」については、個人的に、棋士・羽生善治さんの言葉、「才能とは、努力を継続する情熱である」を、連想しました(『決断力』角川oneテーマ21)。

5 ケア・マネジメント

 「マネジメントは『管理』から『配慮』へ」。大久保さんの、この言葉から、私は、『星の王子さま』(新潮文庫)に出てきた、「相手と絆を結ぶことは、相手を世話すること」という言葉を、思い出しました。
 大久保さんの言う、「配慮型マネジメント」は、「相手を世話するマネジメント」、更に転じて、「ケア・マネジメント」と、言いかえることができるかもしれません。

6 マネジメントの原理原則

 大久保さんの挙げた「マネジメントの原理原則」に関しては、次のことに、特に共感しました。
 「やって見せて、真似させる」。このことの重要さは、経営学者・中原淳さんが、『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社において、同様に、指摘していました。
 「問いかけ、耳を傾ける」。傾聴の重要さは、河合隼雄さん、鷲田清一さんが、『臨床とことば』朝日文庫のなかで、同様に、指摘していました。
 手を出さずに「見守る」ことの重要さは、映画『星めぐりの町』が、同様に、描いていました。

 なお、第5の原則である「正しく褒めて、正しく叱る」に関して、「叱ること」については、「行動を注意する」ことで十分であると、個人的には考えています。同様のことを、大久保さんも、本文において、述べています。このことに関連して、宮崎駿さんも、宮崎さんの、共に働くスタッフさんたちに関して、次のような趣旨のことを、述べています。
「言いたいことは、ひとことで言うなら『ヘタクソ!』なんですけど(笑)それを言ったら最悪の関係になりますから、『ここをこうして』と、言っています」(『虫眼とアニ眼』新潮文庫)。

7 多様な人材

 この本において、大久保さんは、企業が「多様な人材」を抱えるに至った原因について、中小企業にとっては、「人手不足」が、主な原因であった旨、指摘しています。なお、大企業にとっては、「社会的責任」が、主な原因であったそうです。

 中小企業が、「人手不足」のため、「やむを得ず」、「多様な人材」を抱えるに至ったこと。同様に、大企業が、「社会的責任」のため、「やむを得ず」、「多様な人材」を抱えるに至ったこと。これらの「やむを得なさ」が、つまりは「動機の消極さ」が、その後の、大久保さんの示した4つの改革が、なかなか進んでいないことの、主な原因になっているのかもしれません。
 なお、この「動機の消極さ」は、政治学者・森政稔さんが『迷走する民主主義』ちくま新書において指摘している、「戦後の政治においては、新保守主義が、新自由主義に対して、妥協していった」ということが、影響しているのかもしれません。「妥協」が、「動機の消極さ」に、つながっているのかもしれません。

8 妊娠・出産・復職

「妊娠・出産・復職する、女性のスタッフについて、マネジメントすることは、現状、マネジャーのうち、半数以上が経験する」
「妊娠・出産・復職は、女性にとって、もはや、スタンダードなキャリアパスである」

 大久保さんによる、これらの指摘は、武田佳奈さんによる、『フルキャリマネジメント』東洋経済新報社での、下記の指摘と、齟齬があって、個人的に、興味深いです。

「マネジャー側は、そもそも、女性の部下が少なくて、『女性の部下についてのマネジメント』自体の経験が不足している」
「そのような状況なのであるから、『仕事も頑張る、育児も頑張る、女性の部下』についてのマネジメントの経験は、なおさら不足している」

 この齟齬、実際のところ、どちらが正確なのでしょう。その確認のためには、大久保さんの参照した資料、武田さんの参照した資料を、照らし合わせてみる必要があるでしょう。

9 セルフ・マネジメント

 この本における、大久保さんの視点は、「スタッフさんたちについて、どのように、マネジメントしてゆくか」でした。大久保さんの、スタッフさんたちに対する、真摯な向き合い方が、この本から伝わってきて、個人的には、大久保さんによる視点の設定に、大変共感しました。

 その一方で、マネジャーの、自分自身に対するマネジメントも、必要になるのではないでしょうか。
 といいますのも、私が、スタッフさんたちとの向き合い方について、他のひとと話しているときに、「それは、スタッフさんたちの問題というよりも、中島さん自身の問題ですね」という指摘を、受けたことがあるのです。
 たしかに、「マネジャーがスタッフさんたちに働きかける」よりも、「マネジャーが自分自身に働きかける」ほうが、仕事のサイクルが、うまく回るようになることも、まま、あるでしょう。そうしたことからしますと、マネジャーは、自分自身についても、マネジメントしてゆくべきなのでしょう。
 そして、ひととひととが、お互いに影響を与え合って、生きてゆくものであるならば、「マネジャーからスタッフへ」という一方通行ではなく、「スタッフからマネジャーへ」という、もう片方の通行も、開いておくべきでしょう。

 なお、この本について、個人的に読み返してみたところ、大久保さんも、セルフ・マネジメントに関して、「マネジメントのサイクル」の、㉜内省において、触れていました。

10 ジョブ・マネジメント

 最後に、1点、この本を読んでも、まだ解決せずに、個人的に気になっている問題について、書き留めておきます。
 その問題は、「仕事の総量の把握」という問題です。個々の仕事について、スタッフさんたちに割り振っていくためには、まず、仕事の総量を把握しておく必要があります。
 ただ、業務が拡大して、仕事の総量が増えるにしたがって、個々の案件の内容についての、マネジャーによる把握は、大づかみになってゆくはずです。それが大づかみになってゆくということは、個々の案件についての、必要となる作業の量、そして、注意するぺきポイントについての把握も、大づかみになってゆくはずです。そのことは、個々の案件についての、「割り振りのしにくさ」「細かい支援のしにくさ」にも、つながってゆくはずです。
 このような問題について、マネジャーの先人さんたちは、どのように、対応しているのでしょう。個人的に、興味があります。
 ただ、この問題は、事業の内容によっても、対応の仕方が、異なってくるでしょう。このことに関連する、小倉昌男さんの言葉、「自分たちにとって、必要なものは、自分たちで作る」(『経営はロマンだ!』日経ビジネス人文庫)。私たちにとって、必要な対応は、何なのか。そのことを見定めるためにも、私は、私が日常において取り組んでいる仕事について、あらためて見つめ直していったほうが、いいのかもしれません。
 また、この問題について、更に関連して、『老いのこころ』有斐閣アルマに、ヒントがのっています。ひとは、自分の情報処理能力に対して、自分の抱える情報が、多すぎるようになったとき、自分の抱える情報を、選択して、その余りを、手放してゆくそうです。私にも、「他者を通じて、業績を上げる」ために、他のことを手放すときが、将来、やってくるのかもしれません。

Follow me!