【読書】湯本香樹実『あなたがおとなになったとき』講談社

湯本香樹実『あなたがおとなになったとき』講談社 2019.7.31
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000320517

 この絵本は、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』(文春文庫)の次に読むのに、ぴったりです。

 著者は、児童文学者・湯本香樹実さん。湯本さんのことを、私は、作家・小川洋子さんの書評から、知りました(『みんなの図書室2』PHP学芸文庫)。

第1 内容抜粋

 あなたがおとなになったとき――

 どんな歌が好きだろう

 いちばん手にとりやすい
 ところにあるのは
 どんな本だろう

 にじゅうにかかった 虹をみて
 どんなねがいが心にうかぶだろう

 だれにもしられずに
 なみだをながすことがあるだろうか
 たぶんそれは さけられないこと
 そのとき あなたをささえるものは なんだろう

 だれとたんじょうびをいわうだろう

 はなれているひとや
 もうあえないだれかのために
 花をかざり ろうそくを
 ともすこともあるだろうか

 あなたがおとなになったとき
 わたしは遠くにいるかもしれない
 こんなふうにはなしかけることが
 できないくらい遠くに

 それでも よあけのことりたちは
 うたうだろう
 何億の夜をこえて
 ただいちどだけの きょうがはじまる
 そのふしぎさを

 ほら いまもきこえている――

 耳をすまして――

 いつか あなたがおとなになったとき――

第2 中島コメント

1 子どもから教わる

 この絵本は、子どもに、何かを教えようとはせずに、むしろ、子どもから、何かを教わろうとしています。
 思えば、私も、いままで出会ってきた、新社会人さんたち――新しいおとなになったひとたちから、作家・小川洋子さんのこと、漫画家・安野モヨコさんのことを、教わってきたのでした。
 そのようなことからしますと、「おとなから子ども」への一方向ではなく、「子どもからおとな」への双方向での、「教える・教わる」という関係が、もちろん、あっていいのでしょう。
 むしろ、子どもの目が見てきた世界について、子どもから、教えてもらえれば、おとなにとっては、その学びが、新たな方向性への、導きとなるかもしれません。

2 ただ一度だけの今日

 湯本さんの著作には、「ただ一度だけの今日」という表現が、たびたび、出てきます。
――「昨日」も、「昨日の私」にとっては「今日」だった。
――「明日」も、「明日の私」にとっては「今日」である。
 このような、湯本さんの考え、個人的に、興味深いです。
 「昨日」と「明日」があってこそ、「過去」と「未来」が、ありえます。
 しかし、子どもにとっては、毎日が、いつも、「今日」の、くりかえしなのでしょう。
 そのような感覚は、「昨日への後悔」がなくて、「明日への不安」もない、一種、幸福な感覚なのかもしれません。
 一方で、そのような感覚は、「過去への内省」もなくて、「未来への展望」もない、つまりは「人格の形成につながってゆかない」そして「社会の形成につながってゆかない」感覚でもあるでしょう。
 ただ、「過去への・未来への」感覚に、おとなの感覚は、偏りがちです。「今日」の感覚、子どもの感覚を、おとなは、もっと、取り戻した方が、毎日を、楽しく過ごすことができるようになるのかもしれません。

 湯本さんは、おとなになっても、子どもの感覚を、豊かに備えている、「おとなの世界と、子どもの世界とを、つなげることができる」作家さんであるようです。

 折に触れ、読み返したくなる、素敵な一冊でした。

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