森戸英幸『プレップ労働法』〔第6版〕弘文堂 2019.4
https://www.koubundou.co.jp/book/b450512.html
労働法学者・森戸英幸さんによる、入門テキスト。
――この版からは、題名を、年齢の観点から、『リアップ労働法』にするつもりでした。
――次の版こそは、題名を、『枯れップ労働法』に…
まえがき・あとがきには、「吉祥寺東急裏のスタバにて」。その表現のとおり、スターバックスにて、コーヒーを飲みながら、森戸さんからの個人授業を受けているような気分になる、軽妙な文体の、一冊。
第1 内容抜粋
1 労働法務・大要
(1)主な法律
法分野「労働法」は、複数の法律が構成している。
それらの法律のうち、主なものは、労働契約法、労働基準法、労働組合法。
(2)労使関係を形成するもの――労働契約その他
労使関係については、労働契約のみならず、次の規則や協約が関係してくる。
・ 就業規則(使用者が一方的に定める規則)
・ 労働協約(使用者と労働組合とで定める協約)
・ 労使協定(労働法上の原則に対する例外に関する定め)
例)三六協定 事業場外労働に関するみなし労働時間制(但書適用場面)
(3)労働条件の変更手続――画一処理・大量処理
労働法務においては、労働条件の変更にあたって、個々の労働契約について、ひとつひとつ変更するよりも、就業規則、労働協約の変更によって、画一に処理をする、大量に処理をする、そのようなしくみが、できあがっている。
労働協約における定めと、就業規則における定めとが、相違する場合には、労働協約における定めの方が、優先することになる。
(4)団体交渉
ひとりひとりの労働者と、使用者とでは、交渉力に、差がある。
そこで、労働組合法は、労働者たちが団結して、使用者と交渉してゆくことができるように、様々な権利を保障している。
2 個別解説
(1)定義――「労働契約」を中心に
「労働契約」
労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払う契約(労働契約法6条)
「賃金」
賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの(労働基準法11条)
「労働時間」
労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間(三菱重工業長崎造船所(1次訴訟・会社側上告)事件:最判平成12年3月9日民集第54巻3号801頁)
「使用される」
使用者の指揮監督のもとで労務の提供をすること(関西医科大学研修医(未払賃金)事件:最判平成17年6月3日労判893条14頁)
使用者に「使用される」(指揮監督される)とは、次の事項について、一般的または具体的な指示を受けること。
・ どういう作業を?(内容)
・ どこで?(場所)
・ いつからいつまで?(時間)
・ どのように?(態様)
更に詳しく、労働基準監督署は、「使用される」ことについて、次の判断基準を示している(昭和60年12月19日労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」)。
・ 仕事の依頼や業務の指示等を拒否できるか
・ 業務遂行について具体的な指揮命令があるか
・ 勤務場所・勤務時間などについて拘束があるか
・ 他人が代わりに業務に従事することが認められるか
・ 機械や器具に関する費用を会社側が負担するか
・ 専属性が強いか
「使用者」
事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者(労働基準法10条)
このように、「使用者」は、労働契約の当事者である「事業主」以外をも、含む。
(2)労働契約
ア 労働条件――その明示
労働契約にあたり、使用者には、労働者に、本稿別表1に掲げる事項を明示する義務がある(労働基準法15条1項)。
イ 就業規則に定めておくべき事項
就業規則には、本稿別表2に掲げる事項を定めておく必要がある(労働基準法89条)。
ウ 採用の自由
日本における長期雇用制度においては、企業は、労働者を、一度、雇用すると、簡単には、辞めさせることができない。
その分、企業は、採用にあたっては、自由にひとを選べることになっている。
「企業者は(中略)契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる」(三菱樹脂事件:最大判昭和48年12月12日民集第27巻11号1536頁)
その例外として、まず、性別がある(男女雇用機会均等法5条)。
次に、年齢がある(※)。その例外として、「定年までの長期雇用を前提とする日本の伝統的な雇用システムには手を触れない」制限であるならば、企業は、労働者の募集にあたり、年齢による制限を加えてもよいことになっている(本書47頁・参照)。
なお、事業主は、やむを得ない理由により、募集及び採用にあたって、求職者が65歳以下であることを条件とするときには、求職者に対し、その「やむを得ない理由」を示さなければならない(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律20条1項)。
※ 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律9条
エ 人事異動――配転
「配転」とは、「職務内容または勤務場所が、あるいはその両方が、ある程度長期間にわたって変わること」。
日本企業は、定期的に社内でひとを動かすことで、ひとつの分野のプロである「スペシャリスト」ではなく、会社内のあらゆる部署と人脈に通じた「ジェネラリスト」を作ってきた。
「長期雇用を前提に採用されたいわゆる総合職社員の労働契約においては、使用者側に一般的な配転権限が与えられており、通常、職種や勤務地の限定もないので、配転を命じるたびに労働者の個別の同意を得る必要はない」(東亜ペイント事件:最判昭和61年7月14日労判477号6頁/ケンウッド事件:最判平成12年1月28日労判774号7頁)
なお、労働契約において、「職種の限定」や「勤務場所の限定」があるならば、企業は、その限定について超える配転を、することができないことになる。
ただ、判例は、「職種の限定」を、容易には認めてきていない。たとえば、判例は、熟練工である機械工に関して、長年、同じ職種に従事してきたとしても、職種の限定についての合意があったとは認定できないとして、より単純な組立てラインへの配転命令を、適法なものであるとした(日産自動車村山工場事件:最判平成元年12月7日労判554号6頁)。
また、企業による配転権限の行使が、権利の濫用にあたる場合には、その配転命令は、無効となる。権利の濫用にあたるかどうかは、次の2点によって、判断する。
・ 業務上の必要性
・ 特段の事情
例)その配転命令が不当な動機・目的による場合
その労働者に通常甘受するべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
オ 懲戒
企業が労働者を懲戒する根拠については、学説上、争いがある。固有権説、契約権説。
懲戒に関しては、刑事手続に準じた規制が及ぶ。
まず、企業は、懲戒について、その「種別」と「事由」とを、就業規則に定めておく必要がある(フジ興産事件:最判平成15年10月10日労判861号5頁)。その典型例として、「兼職・兼業の禁止」(または許可制度)がある。
そして、懲戒処分は、「合理的」であり、「相当」である必要がある(労働契約法15条)。また、適正な手続にのっとったものである必要もある。たとえば、労使協議会での討議を経る、当事者に弁明の機会を与える、等。
カ 解雇
(ア)解雇予告
使用者は、労働者を解雇しようとする場合には、原則として30日前に予告するか、あるいは30日分以上の平均賃金(予告手当)を支払わなければならない(労働基準法20条1項)。
(イ)解雇権濫用法理
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となる(労働契約法16条)。
(ウ)整理解雇
企業の業績悪化・経営不振による解雇のことを「整理解雇」という。
整理解雇は、昭和40年代・後半、オイルショック期に、問題になった。整理解雇にあたっては、裁判例上、次の4点が、判断要素になっている(東京高判昭和54年10月29日労判330号71頁)。
・ 人員削減の必要性
・ 解雇回避努力義務
例)残業削減
配転・出向
新卒採用中止
パートタイマー等の雇止め
一時休業
希望退職募集
・ 被解雇者選定の妥当性
・ 手続の妥当性
キ 終了事由――定年
日本における長期雇用制度においては、労働契約は、基本としては、「定年」によって終了することになっている。
なお、アメリカにおいては、「定年」制度は、年齢による差別であることを理由に、違法となる。
「定年」に連動する制度として、「退職金」がある。
「退職金」は、基本としては、定年まで勤め上げた労働者に対して、出ることになっている。中途で退職することになった労働者に関しては、裁判例は、退職金の支給について、「N割減額」「不支給」を、認めてきている。
ク 労働条件の不利益な変更
原則として、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に、労働契約の内容である労働条件を変更することはできない(労働契約法9条)。
例外として、その変更の内容が、諸事情に照らして、合理的であるならば、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に、労働契約の内容である労働条件を変更することができる(労働契約法10条)。
ケ パートタイム労働者――基本給等そして教育訓練の平等
「パートタイム」は「part time」。つまり、「パートタイム労働者」は「短時間労働者」。より明確な定義としては、法律上、次のとおり。
「1週間の所定労働時間が、同一の事業主に雇用される通常の労働者の、1週間の所定労働時間に比し、短い労働者」(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律2条1項)
労働者には、時間についての区別の他に、次の事項についての区別がある。
A 職務内容(業務内容と責任の程度)
B 人材活用のしくみ・運用(人事異動の有無・範囲など)
短時間労働者であっても、A・Bが、通常の労働者と同じであれば、事業主は、短時間労働者に対して、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない(同法9条)。
また、Aが、通常の労働者と同じであれば、事業主は、短時間労働者に対して、通常の労働者に対して実施する教育訓練と、同じ教育訓練を、実施しなければならない(同法11条)。
(3)労働基準
ア 雇用平等
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない(労働基準法3条)。
イ 男女平等――男女雇用機会均等法
均等法の理念は、次のとおり(2条)。
「労働者が性別により差別されることなく、また、女性労働者にあっては母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことができるようにすること」
このように、均等法の理念には「母性の尊重」という文言が入っている。
均等法によって、企業は、男女別の採用ができなくなった。その代わりに、総合職・一般職という採用方法が生まれた。そして、企業が、総合職として、女性を、少数ではあるけれども、採用し始めるようになった。
均等法には、「企業が、男女間の格差を解消するため、男性に比して女性を優遇すること」(ポジティブ・アクション)について、妨げないものとする規定もある(8条)。
ウ 人権擁護
労働基準法等には、かつて支配的であった封建的な労使関係を除去し、労働者の人権を擁護するための規定もある。
たとえば、強制労働の禁止(労働基準法5条)。
「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」
エ 賃金
労働基準法は、賃金が、労働者の手に確実に渡るよう、規定している。通貨で払う、直接に払う、全額を払う(24条)。
また、使用者の責に帰すべき事由により、労働者が労務を提供できなかったときには、労働者は、提供できなかった労務の対価となるはずだった賃金を、100%、受け取ることができる(民法536条2項)。
なお、使用者の「責に帰すべき事由」とまではいかなくても、「使用者側に起因する、経営、管理上の障害」により、労働者が労務を提供できなかったときには、労働者は、提供できなかった労務の対価となるはずだった賃金を、60%、受け取ることができる(労働基準法26条)。
そして、企業が倒産して、労働者が賃金・退職金を受け取ることができなくなった場合には、賃金の支払の確保等に関する法律が、その立替払制度を設けている。
オ 労働時間
(ア)法定労働時間
法定労働時間は、8時間(労働基準法32条1項)。
その8時間を超えて、使用者が労働者に残業を命じる場合、労使で予め協定しておけば、罰則の適用がなくなる(労働基準法36条)。この労使協定のことを「三六協定」という。
使用者が労働者に残業を命じるためには、この労使協定のほか、就業規則に根拠規定を設けておけばよいことになっている。就業規則に根拠規定がある場合、労働者には、残業する義務があることになる(日立製作所武蔵工場事件:最判平成3年11月28日民集45巻8号1270頁)。
三六協定・原則。時間外・休日労働は、上限、月45時間、年365時間。
三六協定・例外。時間外・休日労働は、1年あたり6ヶ月までであれば、上限、月100時間、複数月・平均80時間、年720時間。
時間外・休日労働について、使用者は、労働者に、割増賃金を、支払うことになる(労働基準法37条1項及び4項)。割増賃金規定は、時間外・休日労働の、抑止のためにある。
なお、「管理監督者」については、労働時間等に関する規制が、適用除外となる(労働基準法41条2号)。
その労働者が「管理監督者」であるかどうかについての判断は、肩書ではなく、実態によってする。
・ 出退勤が自由で拘束がない
・ 部下の人事考課にある程度の権限がある
・ 経営の機密事項に関与しある程度経営にたずさわる
・ 十分な役職手当が支払われる
(イ)フレックスタイム制
ある一定期間にこれだけは働かなければならない、という時間数を定め、労働者がそれを下回らない労働時間だけちゃんと働くかぎり、毎日の出退勤の時間は自由(労働基準法32条の3)。
(ウ)事業場外労働に関するみなし労働時間制
労働者について、事業場外において労働するがために、その労働時間が算定し難い場合、一定の時間、労働したものとみなす(労働基準法38条の2)。
カ 育児・介護
育児介護休業法は、1991年に、制定。制定のきっかけは、1989年の、出生率についての、「1.57ショック」。
介護休業。要介護状態にある家族を介護する者は、対象家族ひとりにつき、通算93日まで、申出により介護休業を取得することができる(育児介護休業法11条)。
子の看護休暇。小学校就学前の子を養育する労働者は、申出により1年に5日まで、病気・けがをした子の看護のために休暇を取得することができる(同法16条の2)。
介護休暇。労働者は、通院の付き添いなどのために、要介護状態の対象家族がひとりであれば年5日、2人以上であれば年10日まで、休暇を取得することができる(同法16条の5)。
短時間勤務制度。事業主は、3歳未満の子を養育する労働者が希望した場合には、短時間勤務制度の利用を認めなければならない(同法23条1項)。
(4)労働組合
労働者たちが組成する労働組合には、労働組合法による、権利の保障がある。
団体交渉。労働組合は、使用者に対して、「労働条件」または「団体交渉その他の団体行動に関わる事項」について、交渉を申し入れることができる。
誠実交渉。使用者は、労働組合からの、団体交渉の申し入れに対し、誠実に交渉に応じる義務がある。その義務は、より具体的には、裁判例によると、次のような義務。
「労働組合に対し、自己のよって立つ主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなど(中略)誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務」(中労委(株式会社シムラ)事件:東京地判平成9年3月27日労判720号85頁)
団体交渉の結果、労働組合と使用者が、一定の合意に達したとき、両者は労働協約を締結することになる。
労働組合には、争議権がある。争議権とは、争議行為をする権利。争議行為とは、ストライキ、スローダウンなど。
これらの争議行為は、本来、使用者の業務について、その正常な運営を阻害する行為。そのような行為をしても、労働組合、その組合員たちは、刑事上、民事上、免責となる。そのような行為をしたことを理由としての、使用者からの、不利益な取扱いも、受けない。
そのような権利保障のある争議行為には、「正当性」が必要である。その「正当性」についての判断基準は、おおむね、次のとおり。
・ ちゃんとした労働組合が(主体)
・ 労働条件の維持・向上のために(目的)
・ 使用者の権利を尊重しつつ(態様)
・ 団体交渉と予告を経てする(手続)
なお、労働組合による「ストライキ」は、「労務を提供しないこと」であるので、ストライキ中の賃金は、発生しないことになる。
労働組合による争議行為への対抗手段として、使用者はロックアウト(事業場の閉鎖)ができる。ロックアウト中は、使用者は、ロックアウトの対象となっている労働者たちへの、賃金の支払いの義務を、免れる(安威川生コンクリート工場事件:最判平成18年4月18日労判915号6ページ)。
使用者による、不当労働行為。つまりは、労働組合の結成やその自主的な活動を妨げる可能性のある行為。そのような行為があった場合には、労働組合及びその構成員である労働者は、労働委員会に対して、その不当労働行為の除去を、求めることができる(労働組合法7条・27条)。
第2 中島コメント
1 テレワ-ク導入――労務手続
(1)労働時間制度
テレワークとは、次のような働き方です(成瀬岳人『組織力を高める テレワーク時代の新マネジメント』日経BP社)。
「ICT(情報通信技術)を活用し、場所や時間を有効に活用できる、柔軟な働き方」
テレワークの導入にあたっては、「時間を有効に活用する」という観点からしますと、「フレックスタイム制」や「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の導入を、検討するべきことになりそうです。
(2)時間配分
テレワークを導入する目的が、「育児支援」や「地方移住支援」である場合には、働くひと(労働者)は、1日のうちに、大きく分けて、次の種別の時間を、過ごすことになります。
A 仕事のための時間
B 地域活動に参加するための時間
C 家族のための時間
D 自分のための時間
働くひととしては、これらの種別をふまえた上で、「A・仕事のための時間」を、何時間、希望するか、考えることになるでしょう。そして、企業としては、働くひとの希望する時間に応じて、上記(1)に述べました労働時間制度を、具体的に設計・設定してゆくことになるでしょう。
そして、ひとの1日の過ごし方としては、ABCDの時間について、日々、柔軟に順序を入れ替えて、タイムスケジュールを組み立てることができれば、それが最も効率がよいでしょう。そのような1日の過ごし方をするときに、労働時間の算定が困難となるのであれば、適用する労働時間制度としては、「事業場外労働に関するみなし労働時間制」が、最も適していそうです。
このような時間配分についての、個人的な、基本的な考え方としては、次のとおりです。
――司法書士業務においては、「一定時間、勤務すること」よりも、次のことが、大事。
――受任している個々の案件において、必要な工程での、必要な作業を、順序よく処理してゆくこと。
――総じて、全ての案件が、円滑に進行してゆくこと。
(3)労使協議から就業規則変更へ
――企業において、働き方を変える場合には、就業規則を変更することになる。
このことについて、本書によって、私は、あらためて確認することができました。
就業規則は、「使用者が一方的に定めるもの」であるそうですけれども、小さな企業においては、就業規則を変更する前に、変更する内容について、労使で十分に協議しておくべきでしょう。
なお、労働法における「就業規則の変更によって、労働者の働くルールを変更してゆく」という方法は、会社法における「定款の変更によって、会社の動くルールを変更してゆく」という方法に、似通っています。
(4)余談――教育訓練給付・退職金
なお、本稿の別表1・2を作成しているうちに、個人的に気が付いたことがありますので、ここに書き留めておきます。
別表に記載の項目のうち、「教育訓練給付」や「退職金」に関する制度について、私の事務所においても、そろそろ、導入を検討しておいた方がよさそうです。
「教育訓練給付」に関しては、司法書士はもちろん、ファイナンシャルプランナーや、簿記検定についても、資格の取得を支援できると、よさそうです。このことについては、別稿において、あるていど詳しく書くつもりでいます。
「退職金」に関しては、働くひとを束縛しないようにするために、「確定拠出年金」など、「個人として積み立てる退職金」(転職しても積み立てが維持できる退職金)を、導入した方が、よさそうです。
これらのことにも、個人的に気が付くことができましたので、本書によって、労働法について、概括的・横断的に、学んでみて、よかったです。
ちなみに、「教育訓練給付」は、ひとが「今日」の稼得力を身に付けるために、大事です。「退職金」は、ひとが「明日」に備えるために、大事です。
ここまで書いてきて、「昨日」が足りないことに、個人的に、気が付きました。「昨日」は、「自分のしてきた仕事について、失敗も含めて、振り返ること」かもしれません。
(5)残る問題――労働者性
本書には、「労働者性の判断基準」について、紹介がありました。
その判断基準に、「テレワークで働くひと」を、照らしてみると、部分部分は当てはまりますけれども、全ては当てはまらないことになりそうです。
この問題に関しては、テレワークの普及によって、「労働者性の判断基準」について、労働法学において、変化が生じることになるのかもしれません。その変化の方向性に、個人的に、興味があります。
2 労働者の伴走者としての労働法
本書を読んでゆくうちに、私は、労働者として、様々な司法書士事務所に勤務していたときのことを、思い出しました。
それらの事務所において、労働問題が起こったときに、使用者との交渉にあたって、私は、いつも、労働法の教科書を、参照していました。
労働法についての知識は、労働者にとって、自分の立場や待遇を守るために、大事な知識です。
(1)懲戒・労働条件についての不利益な変更
労働者が、使用者から、「懲戒」や、「労働条件についての不利益な変更」を受けたときには、そのような使用者の行為が、労働法に照らして、適法なのか、確かめてみるとよいでしょう。
なお、もし、使用者の行為が、労働法に照らして、適法であったとしても、労働者には、まだ、考えるべきことが、残ります。そのような行為によって、使用者が労働者に示している、「あるべき労働者像」。その像が、労働者が、自分で思い描く、「あるべき労働者像」と、重なり合っているか。そのことについても、労働者は、考えてみるとよいでしょう。
(2)予告手当・解雇権濫用法理
――使用者は、労働者を解雇しようとする場合には、原則として30日前に予告するか、あるいは30日分以上の平均賃金(予告手当)を支払わなければならない。
――使用者が労働者を解雇するときには、その理由に、合理性と相当性とが、必要である。
このように、使用者が労働者を解雇するためには、手続面でも理由面でも、規制や制限がかかっています。
そのような規制や制限がかかっているなかで、使用者が労働者を辞めさせようとする場合に、パワーハラスメントを仕掛けることがあります。パワーハラスメントに対しては、労働者としては、聞き流すことが、ひとつの有効な方法です。パワーハラスメントは、「人格を否定する言動」です。そのような「人格を否定してくるひと」から、「人格の承認」を受ける必要は、ないでしょう。パワーハラスメントについて、労働者が、長い期間、聞き流し続けていると、使用者が、しびれを切らして、正面から、退職についての話し合いを、持ちかけることもあります。そのときには、労働者は、そのような企業に勤務し続けていても仕方がありませんので、一定額の支払いを条件に、退職について、使用者と、合意してもよいでしょう。
ちなみに、私は、「解雇権濫用法理」という言葉を目にするたびに、映画『千と千尋の神隠し』を、思い出します。千尋が、湯婆婆に対して、「ここで働かせて下さい」と、言い募る場面。あの場面は、現代日本社会における、「採用」の場面をではなく、「解雇」の場面を、象徴しているのかもしれません。労働者が「ここで働かせて下さい」という主張を続けている限り、使用者は、彼を・彼女を、そうそう解雇できないのです。
また、『千と千尋』においては、ハクが、千尋に、次のような趣旨の言葉を、かけています。「自分から『働きたくない』と言ってはいけない」。現代日本社会においては、労働者が自分から「働きたくない」と言うと、上に述べましたように、退職時の解決金を得ることができなくなります。その後の、失業手当についても、受給できる日にちが、90日、延びることになります。
現代日本社会において、労働者が、自分から「働きたくない」と言うことは、労働法による保護を受けることを、また、社会保障法による保護を受けることを、自分から回避することに、つながるのです。
このような観点からしますと、『千と千尋』は、児童労働者をも含めた、若年労働者のための、労働映画でした。あらためて、個人的に、そう思います。
(3)整理解雇・未払賃金立替制度
労働者は、「整理解雇についての判断要素」や、「未払賃金立替制度」について、知っておいた方がよさそうです。これらの知識が、経済失政やコロナ禍での景気悪化によって、企業の経営の不振が進行してゆくなかで、必要になることが、あるかもしれません。
(4)団体交渉・争議行為
労働者は、労働組合法に基づく、団体交渉や争議行為についての規定から、「合法なストライキの仕方」等についての知識を、得ることができます。これらの知識も、労働者にとっては、自分の立場を守りながら、労働条件を、維持そして改善してゆくために、大事な知識でしょう。
なお、「労働者が団結すること」は、「使用者にとって、画一処理・大量処理がしやすくなること」をも、意味しています。画一処理・大量処理においては、少数派労働者の意見を、使用者が・多数派労働者が、無視しやすくなるでしょう。そのことが、個人的に、気になっています。
3 時代・社会
(1)オイルショックから少子化へ
――整理解雇は、昭和40年代・後半、オイルショック期に、問題になった。
オイルショックは、1974年ごろに、起こりました。
この年に、第2次ベビーブーム、つまりは「団塊ジュニア世代の出生ラッシュ」も、起こりました。
これらの出来事をふまえて、人口減少問題について、その原因・因果関係を、整理してみます。
――団塊ジュニア世代の出生ラッシュが過ぎ、子どもを生む世代の人口が、団塊世代の人口に比べると、減ってゆく見通しとなった。
――そのような状況のなかで、オイルショックが起こり、企業は、整理解雇のため、新卒採用を中止した。つまりは、若年労働者を、採用しないようにした。
まとめますと、1974年ごろに、「子どもを生む世代の人口が減りはじめる」なかで、「企業が『子どもを生む世代』の採用を抑制した」ということになります。このような、後世からの見方からしますと、これまでの、おおよそ50年間にわたる少子化は、起こるべくして起こってきたようです。
ただ、1974年・当時のひとびとは、第2次ベビーブームの只中にいました。将来の、少子化について、想像することは、難しかったのかもしれません。
そして、1985年には、男女雇用機会均等法が、成立。企業が、女性を、労働者として、動員するようになりました。同法の目的には、「母性の保護」という言葉はあっても、「父性の保護」という言葉は、ありません。子どもが増えるためには、この動きとは逆の、「家族が、男性を、養育者として、動員する」という動きも、あった方がよかったのでしょう。
なお、日本の人口についてのグラフを眺めていると、そもそもの、1947年ごろの、第1次ベビーブームが、不自然な出来事だったようにも、私には思えてきます。
――太平洋戦争によって、その期間中、制止を受けていた、子どもの出生が、一度に起こった。
それが、第1次ベビーブームの、内実だったでしょう。そのような見方からしますと、敗戦直後からの、人口が増えてゆく動きは、日本の人口にとっては、不自然な動きだったことになるでしょう。そして、そのような考えからしますと、いま問題になっている「人口減少」という動きは、「不自然に増えていた人口が、適度な規模に、縮小してゆく」という動きであるものと、捉えた方が、適切なのかもしれません。
ちなみに、作家・小川洋子さんは、小説『密やかな結晶』を、1994年に発表しました。この小説は、「子どもを生むための支援や協力が細ってきた」という、時代の流れ、社会の動きを、象徴するような作品でした。
(2)指揮監督から自律自走へ――従順な労働者の行先
――労働契約とは、使用者が、労働者を指揮監督する契約である。
――使用者は、労働条件を、就業規則の変更によって、一方的に変更できる。その変更が、労働者にとって不利益な変更であっても、その変更する内容が合理的であればよい。
――使用者は、総合職正社員に対して、職種についても、勤務場所についても、一般的な配転権限がある。
――使用者は、三六協定を締結していれば、労働者に対して、残業を命ずることができる。
上記の、使用者の立場・権限からしますと、現代日本社会における労働者像は、「使用者から、職種・勤務場所・残業に関して、指揮監督を受けることについて、従順な労働者」であるようです。
そのような「従順な労働者」を育てるために、学校での教育も、「従順な生徒・学生」を育てる内容に、なっているのかもしれません。
そして、そのような「使用者からの指揮監督に対して従順な労働者」が、成瀬さんの説くような「自律自走する労働者」に変わってゆくためは、どのようなことが、必要になるのでしょう。そのことが、個人的に、気になっています。
また、「従順な労働者」という労働者像と、旧日本軍の日本兵像とには、共通する特徴が、あるかもしれません。そのことについて、個人的に、調べてみたいです。
4 その他
(1)新卒採用中止
――企業は、整理解雇の前提として、まずは、新卒採用を、中止するべきである。
この規範は、「いま締結している労働契約を、まずは保護する」との判断から、出てくるものでしょう。この規範は、「契約を守る」という観点からは、正しいです。
ただ、その一方で、「若者の雇用を確保する」という動きは、当時から現在まで、どれくらい、あったのでしょう。
(2)スペシャリスト・ジェネラリスト
――日本企業は、定期的に社内でひとを動かすことで、ひとつの分野のプロである「スペシャリスト」ではなく、会社内のあらゆる部署と人脈に通じた「ジェネラリスト」を作ってきた。
先日紹介しました『その仕事、利益に結びついてますか?』において、著者である金児昭さんは、次のように述べていました。
――人事異動にあたっては、ローテーションでは、ひとは育たない。複数の異なる部署において、数年ずつ、経験を積んできたひとは、使いものにならない。
金児さんのいう「使いものにならない」は、「スペシャリストとしては、使いものにならない」という意味だったのかもしれません。金児さん自身、どちらかといえば、スペシャリスト(取締役・経理部長・財務部長)でした。本当の意味でのジェネラリスト(代表取締役・社長)では、ありませんでした。
日本企業において、「ジェネラリスト」は、より具体的には、どのように育ってゆくようになっているのでしょう。そのことについて、個人的に、興味があります。
(3)企業による懲戒――固有権説
――企業が労働者を懲戒する根拠については、学説上、争いがある。固有権説、契約権説。
固有権説によると、企業は「企業である」ことから、自ずと、労働者を懲戒できることになります。「である」ことを根拠とすることは、身分制を肯定することにも、つながるでしょう。
――労働基準法等には、かつて支配的であった封建的な労使関係を除去し、労働者の人権を擁護するための規定もある。
封建的な労使関係は、身分的な労使関係でも、あったでしょう。
そもそも、労働契約の基礎である雇用契約の原点は、奴隷契約にあるそうです(倉沢康一郎『プレップ法と法学』弘文堂)。
労働契約、雇用契約、奴隷契約。それらの歴史についても、個人的に興味があります。
(4)ポジティブ・アクション
――均等法には、「企業が、男女間の格差を解消するため、男性に比して女性を優遇すること」(ポジティブ・アクション)について、妨げないものとする規定もある(8条)。
このポジティブ・アクションと、憲法14条の定める「法の下の平等」とは、どのような論法によって、整合することになるのでしょう。学んでみると、面白そうです。
(5)低い賃金を暴力で補う
――使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
暴力は、対価を与えずに、相手を従わせる手段です。
私の個人的な体験としては、「賃金が低い事務所ほど、暴力の行使が多かった」印象があります。
(6)残業時間規制
――三六協定・原則。時間外・休日労働は、上限、月45時間、年365時間。
この上限は、もっと短くしてゆくべきでしょう。
現状の上限、月45時間、年365時間は、そもそも、残業時間を規制することになっていないでしょう。
(7)管理監督者
――管理監督者については、労働時間等に関する規制が、適用除外となる。
企業は、管理監督者制度を、労働法による規制を回避するために、本来の趣旨を超えて利用することが、ままあるようです。
労働者は、企業から、管理監督者となるよう、配転命令を受けたときには、その職務内容等が、本当に管理監督者に該当するのかどうか、自分でも確認しておいた方が、よさそうです。
5 結び
この入門テキストは、軽妙な文体でありつつ、知識・論点の整理が行き届いていて、また、考えるヒントになる指摘が、随所に散りばめてありました。好著でした。
思えば、労働法は、働くひとにとって、身近な法分野です。
労働法から、法学を学び始めてみても、面白いかもしれません。
なお、本書を読む前に、道垣内弘人さんの『プレップ法学を学ぶ前に』<第2版>(弘文堂)を、読んでおいた方が、よさそうです。同書には、「判例と裁判例の違い」等、本書を読むにあたっての、前提となる知識が、のっています。
また、法学の知識は「使って覚える」ものであることを、本書を読むことを通して、私は、あらためて感じました。
たとえば、自分の労使関係について、労働法を当てはめて、適法かどうか検証してみると、知識の定着が、早くなるでしょう。
また、他の法分野で、自分にとって直接には関係がないように感じる分野であっても、短答問題、記述問題、事例問題などを解いてみることが、知識の定着のためには、有効でしょう。