【読書】柏木惠子『おとなが育つ条件』

柏木惠子『おとなが育つ条件』岩波新書 新赤版1436 2013.7.19
https://www.iwanami.co.jp/book/b226223.html

大人も発達してゆく。成人した後は、単純作業を早く・たくさんこなす能力は、減退してゆく。しかし、総合的な知見は、生涯を通じて発達してゆく。作業能力も、習練することで減退に対抗可能。
一方で「能力を喪失すること」つまり「忘れること」も、発達において重要なこと。自分にとってどんな能力が必要なのか見極め、その能力の発達に時間労力を集中するべき。
人間は、自ら目標を設定して、その達成のために努力して、自ら発達してゆくことのできる生き物である。
うーん、30代になって、集中力(作業能力・学習能力)の低下を少し感じていましたが、こういう記述に触れると「また鍛えなおそう」という気になってきますo(^-^)o

〔仕事〕

仕事は実践的知能を育む。事務能力、時間管理、状況判断、計画性。
専業主婦になると、この能力の発達過程から抜け出ることになる。この疎外から主婦は不安感・孤独感にさいなまれる。専業主婦の自己肯定感・生活満足度は、有職育児女性に比べて低い傾向にある。
一方で、仕事ばかりしている男性は、育児を通しての「ケアラー」としての能力が発達しない。相手に対する共感・寛容・いたわり。
会社人間×専業主婦の夫婦は、お互いのコミュニケーションの基盤となる環境がまるで異なるため、意思疎通に齟齬をきたすことがままある。「亭主元気で留守がいい」という言葉は、意思疎通不全の結果。そして会社人間だった男性は、定年退職した後、会社以外の地域趣味のグループで上手にコミュニケーションがとれず、自宅で家事もできずにゴロゴロしているだけの「粗大ごみ」になる。
いまや、「男性は仕事、女性は家事育児」ではなく、「男性も家事育児、女性も仕事」の時代。夫婦で共働き・共同家事育児している方が、会社人間×専業主婦の夫婦よりも、夫も妻も自己肯定感・生活満足度が高い。

〔結婚〕

結婚することは、夫婦間の・個人内の葛藤を共同して解決してゆくパートナーシップをつくること。家庭内でお互いの抱える問題を解決してゆくことで、お互いの問題解決能力・相手をケアする能力が発達してゆく。コミュニケーションをあきらめて問題解決を先送りする仮面夫婦では、かえって家庭は発達の場ではなく退化の場になる。

〔親子〕

子育ては、相手に対する共感・寛容・いたわりという、ケアラーとしての能力を育む。
子どもを育てることは自分を育てることでもある。
しかし、いずれは親子双方とも子離れ・親離れが必要になる。「子離れできない親×親離れできない子」という関係では、お互いの自立生活能力が退化してゆく。過保護が原因で子どもを引きこもりにしないためには、親が自分の生きがいを子育てとは別に持つことが必要。
さらにいえば、自立した子、自立した親にも、現代社会では「老親介護」という問題が生じる。「子が親の面倒をみる」関係は、長寿化のために難しくなった。かといって「親が自分の介護を準備手配する」ところまでは親側の認識も進んでいない。現代の課題。

〔中島コメント〕

「男性も家事育児、女性も仕事」。全くその通り。
その一方で、「仕事は仕事と割り切る」「仕事は勤務時間内に終わらせるようにする」など、仕事がまるで他人事のようで、給料が黙っていても転がり込んでくるかのような、楽観的な記述が気になりました。仕事獲得、報酬給与獲得のためには益々の努力が必要な時代がこれからやって来そうなときに、こうした楽観的な仕事観をもとにした理想論で、どれだけやっていけるのかなぁ。こういう「仕事と家族」論を読むたびに、そのことが気になっていました。でも、最近整理がついてきて、「理想と現実」ということでいいんじゃないかと。生活していくために、現実には無我夢中で働いてゆく必要があるけれど、「仕事も家事も育児も」という理想は持っておいたほうがいい。宮崎駿さんの言葉、「理想のない現実主義者にはなりたくない」。同感です。よーし、私の事務所は、働く人たちが、仕事も家事も育児も老親介護もできるように、お互いが助け合える職場にしていくぞー、託児所を設けるとかo(^-^)o 祖父の葬儀で、社員さんたちに、社長としての祖父のことを聞いたら、「社会人になってはじめての職場で仕事を教えてくれた」「親の介護をしている時期に『あなたは早く帰りなさい』と言ってくれた」。いいお手本が、身近にいました。30代の目標が、ひとつ形になってきました(^_^)v
それにしてもびっくりするのは、著者の柏木惠子さん(東京女子大学名誉教授)。執筆当時、81歳! このひとも生涯発達のお手本だなぁ(^^)

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