【映画】NHK取材班『ふたり コクリコ坂・父と子の300日戦争 ~宮崎 駿×宮崎吾朗~』
NHK取材班『ふたり コクリコ坂・父と子の300日戦争 ~宮崎 駿×宮崎吾朗~』2011.8放送
https://www.nhk-ep.com/s/products/detail/h17336A1-00-00-00
スタジオジブリの映画、『コクリコ坂から』。その制作ドキュメンタリー。
『コクリコ坂から』の脚本は、父・宮崎駿さん。監督は、子・宮崎吾朗さん。父子合作。
ヒロインは、「海に消えた父親へ向けて、『航海の安全を祈る』意味の信号旗を揚げ続ける、少女」。その少女が出会ったのは…
親世代の絆をもとに、子世代が、新たな絆を、織り上げてゆく。
宮崎駿さんは、家に、ほとんどいない父親だった。吾朗さん、「遊ぶまでしてくれなくても、せめて、いてくれたらいいのに…」。吾朗さんは、駿さんの描いたアニメを観て、育った。
吾朗さんは、鈴木敏夫さん(スタジオジブリ・プロデューサー)の勧めで、ジブリへ。その吾朗さんに、厳しく当たる、駿さん。「あいつには、才能がない」。社員たちの手前、甘く接することもできなかったのでしょう。小倉昌男さん(ヤマト運輸・会長)が、自社に入社した娘さんを、甘やかしていたことと、好対照。二人とも、不器用な父親…
ヒロインのイメージ。吾朗さんは、父を喪った悲しみに、暗く沈んだ少女を、想像。制作が、はかどらない。
そんなとき、駿さんの描いた、ヒロインの絵が届く。明るい日射しのなかを、スタスタ、颯爽と歩く少女。「そうか、この子は、こうやって生きているんだ」。吾朗さんの描く、ヒロインの表情が、変わる。制作が、一気に進み始める。
そうしたなか起こった、東日本大震災。
鈴木敏夫さんをはじめ、幹部たちが、「混乱を避けるため」、制作を一時中止。戸惑う吾朗さん。ただでさえ制作日数が足りていないのに…
その流れが、駿さんの出社によって、変わる。一喝、「生産点を放棄してはいけない!」。制作は、継続。出社してきたスタッフたちに、駿さんは、パンを配る。「パン屋だって、こうやって営業してるんだ。うちも営業するんだ」。
「生産点を放棄してはいけない」。いい言葉です。他にも、駿さんは、こうした言葉を書いています。
「私たちは、肺から血を噴き出しながらも、飛んでゆく鳥だ」(『風の谷のナウシカ』徳間書店)
「困りながら、無駄死にしながら生きなさい」(『本へのとびら』岩波新書)
子どもと、どうやって接したらいいのか、分からない父親。
父親による、規範の提示。
働くことと、生きること。
様々な示唆のある、いい映像作品でした。