【読書】大村はま『新編 教えるということ』ちくま学芸文庫
大村はま『新編 教えるということ』ちくま学芸文庫 オ-6-3 1996.6.10
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著者の大村はまさんは、中学校の国語教師。教室という現場一筋43年。
東京女子大学の第6期生。当時、女性で教師になるひとは、そうそういなかった。
戦前から教師として子どもたちを教育。敗戦後、同じ学校で、それまでとは正反対の考え方を教えることについて、良心の呵責に耐えることができず、新制中学の教師へ転身。「新しい未来の建設に、力を尽くしたい」。
1 原体験
敗戦直後、焼け野原での開校。ろくな教材もないなかで、子どもたちは、着席することなく大騒ぎ。教えるということ自体ができない状況。大村さんは、教師を辞めることまで考えた。しかし、思い直し、人数分の教材を自分で作成。その教材を子どもたちひとりひとりに配ったところ、子どもたちは夢中になって学び始めた。「子どもたちは、学びたがっていたんだ…」。それからは、いかに子どもたちが授業に応じないときにも、それは教師の力不足からくるのだと考えるようになった。
※ 敗戦直後の子どもたち、その学習機会の過少。いまの子どもたちを取り巻く、学習機会の過剰とは、隔世の感があります。学習機会の過剰のなかで、必ずしも、「子どもたちは、学びたがっている」とは言い切ることができなくなっていることに関しては、岩宮恵子『生きづらい子どもたち』に指摘があります。
2 教師の使命
「子どもがかわいい」だけでは足りない。
教師の使命は、「子どもがこの社会で生き抜いてゆくための力を身に付けさせること」。
子どもを可愛がっているだけでは、そうした力を育むことはできない。
生徒たちへ読書や作文の課題を出して、「読んできましたか」「書いてきましたか」。読んでこなければ、書いてこなければ、注意する。そういう教え方では、何のために教師になっているのか。
生徒たちの読み書きの仕方を、よく見守ること。読みあぐねていないか、書きあぐねていないか。あぐねているとしたら、その子にとって、どういうことが障害になっているのか。その障害の乗り越えについて、教師が手助けするべし。
子どもたち一人一人が、自分の成長を実感できるようにすること。そのことが、彼ら彼女らから、更なる学ぶ意欲を引き出すことにつながる。
3 生徒へのまなざし
「もしも同い年だったら、この子は、私よりも優秀だろう」。教えていて、そう感じる生徒もいる。教師は、たまたま自分が年上であるということだけで、その子を教える立場にいるのである。
だから、一人の人間同士として、子どもへの敬意を忘れてはいけない。
そして、どんなに出来の悪く見える生徒でも、教師は、その子が未来を建設してゆくために教えているのだから、いずれは自分を超えて羽ばたいてゆく人間として、敬意を持って接するべきである。
子どもたちが羽ばたいてゆくとき、教師は、もう、彼ら彼女らに覚えていてもらう必要はない。子どもたちが、自分に自信を持って、自分一人の力でこの社会を生き抜いてゆくとき、教師という存在は過去のものとなってゆくはずである。
※ 教師は、忘れられていい。この言葉から、神谷美恵子さんの訳詩『子どもについて』を、思い出します。
4 優劣のかなたに(単元教育)
単一の教材で一斉に授業する場合、どうしても、早く終わる生徒と、もたつく生徒が出てくる。早く終わる生徒は、もっと伸びてゆくための時間を失ってしまう。もたつく生徒は、「自分は劣っているのだ」と、やる気を無くしてしまう。
そういうことがないように、大村さんは、「単元教育」という教育方法を編み出した。テーマを設定し、複数の教材を用意し、生徒たちに調べさせ、作文させ、討論させる。教材の数は、生徒たちそれぞれが、好きなだけ選んでよい。ひとつでもよい。全部でもよい。それぞれが教材について調べる等してゆく過程で、つまずく子どもが出て来たら、教師が手助けする。このようにすることで、一人一人の能力・段階に合った教育ができるようになる。
5 中島コメント
大村さんが、生徒たち一人一人をよく見ていた先生だったことが、この本でのお話しぶりから伝わってきます。
自分の職場で働いてくれているひとたちに、仕事の仕方を伝えるときにも、参考にしたい考え方が、いくつも載っていました。
仕事を面白く感じてもらうこと。その仕事を通して、自分の成長を実感できるようにすること。そして、その実感を通じて、自分から更に学びたくなるようにすること。また、その学ぶ方法も、伝えること。大事ですね。
気になったのは、大村さんの子ども観。
「成長願望」・「未来建設」・「この社会で生き抜いてゆく力を身に付ける」。大村さんの生きた時代を反映しています。
成長志向、未来志向であることは、『君たちはどう生きるか』に、よく似ています。現代社会で、成長志向、未来志向でありつづけてよいのかという問題意識については、同書の読書メモに書きました。
また、大村さんは、「現代社会では、1日に5~6冊の本を、ざっと読むようになってきている。この情報化に対応した『読む力』が必要だ」とも書いています。この情報化の流れに、そもそも乗るべきなのでしょうか。もちろん、大村さんは、じっくり繰り返し読むことの大切さにも、触れています。そうした読み方が消えゆきつつある、立ち止まって考えることが無くなりつつある、現代社会の流れに単純に乗っていった先、果たして子どもは生き抜いてゆくことができるのでしょうか。あえて時流から外れて、地に足をつけて生きてゆく力も、いまの子どもたちには、必要なのではないでしょうか。
こうした「社会の加速」の問題については、『だれのための仕事』の読書メモに書きました。
「ひとに、ものを、教える」とは。そのことについて考えたいときに、おすすめの一冊です(^^)