【読書】高田裕成『家事事件手続法』有斐閣

高田裕成『家事事件手続法』有斐閣 2014.12
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641137035?fbclid=IwAR2MXvEkROg63DLYtkCPLW4pu1MNXMmYJiFoKRP9_fShvSbplsLeZJ1nzbU

 「家事審判法」から「家事事件手続法」へ。平成23年に成立、平成25年に施行。新法について、立案担当者、研究者、実務家が座談会。解釈上・運用上の諸問題について、突っ込んだ議論。
 なお、民事訴訟手続については、新法の成立は、平成8年。立法による改善に15年のズレ。この順番からも、私たちの国家や社会が「仕事」を「家族」よりも優先してきたことを感じます。
 以下、興味深い指摘を抜粋。

 家事事件は「職権探知主義」。しかし、そもそも職権探知主義とは? 民事訴訟における「弁論主義」ほどには、その意味について、共通了解がない。そうした状況のもと、旧法では、裁判所の役割、当事者の役割が問題になっていた。裁判所「当事者が裁判所に手続の進行を任せ過ぎだ」。当事者「裁判所は都合のいいときだけ『当事者主義的運用』といって当事者で動けという」。新法においては、裁判所ができること、当事者ができることを条文に明記して、手続保障の充実を図った。

 家事事件においては、当事者の他にも、重要な利害関係人がいる。親権喪失審判における未成年の子ども等。利害関係人の参加についても、条文を充実。
 新制度「子どもの代理人」。子どもを、利害関係人となる手続きに参加させて、その意思を把握、尊重するための制度。ただ、子どもの「意思」とは? 話す相手が誰かによって、そのときの気分によって、子どもの意思は、コロコロ変わる。そうした現実の意思なのか、「一般的に、こういう状況では、子どもは、こう望むだろう」という抽象的な意思なのか。座談会でも定見は出ず。
 個人的な感想。対立する両説は、子どもに何らかの意思があることを前提に、その意思を汲み取ろうとしている点では、一緒。しかし、そもそも子どもにそうした意思の形成を期待してよいのでしょうか。手続の終結のために、子どもからの意思表示を「促す」発想。「待つ」ことの欠如。

 家事調停についても、制度の構想について、学者さんから興味深い発言が。「心理上の葛藤を調停で解決すべきなのか」。たしかに、「司法」という作用についての定義は、「『法律上の争訟』を裁判手続により解決すること」。そして「法律上の争訟」とは「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、法令の適用によって終局的に解決できるもの」(法律学小辞典・第4版)。その定義から考えますと、『心理上の葛藤』を解決することは、本来の司法の目的ではないことになります。うーん、でも、そう考えていいのかなぁ。大事なことを置き去りにしている印象。

 読み応えのある一冊でした。

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