【読書】神谷美恵子『生きがいについて』みすず書房
神谷美恵子『生きがいについて』みすず書房 2004.10.4
https://www.msz.co.jp/book/detail/08181.html
先日紹介しました『老いのこころ』に載っていた推薦図書です。初出は1966年。ロングセラー。
ひとが、生きがいを失ったとき、どのように、あらためて生きがいを獲得していくのか。そのことを、当事者たちの発言・文章を引用しながら考察。
自分自身の生きがいについて、あるいは、自分にとって大切なひとの生きがいについて、じっくり考えてみたいひとにおすすめ。私も再三四読したい好著でした(^^)
生きがいを喪失した悲しみのなかから、あらためて生きがいを獲得すること。
そのことを通して、ひとは、新たな広がりのある価値体系を構築してゆく。隣人愛を獲得していく。自分が、大きな自然のほんの一部分であることを、自覚していく。音楽や芸術の美しさを悦ぶことができるようになる。地位・名誉・財産に、執着しないようになる。
細かいことメモ。会社人間(夫)×専業主婦(妻)の生きがいの食い違いについても言及。50年以上前から、こういう指摘があったんだなぁ。
今回、この本を読んで、私が個人的に考えたこと。それは、これから進路選択・就職活動をする学生さんたちのことでした。
(1)安定志向
「安定を優先して、大企業ばかり、公務員ばかり志向する」。こういう批判を、学生さんたちについて、耳にすることがあります。しかし、この本によると、人間は、習性として、まずは社会的な安定を志向するそうです。無理もないことなんですね。
むしろ、問題なのは、その受け皿としての大企業・公務員という働き方が、あまりにも不自由なことなのかもしれません。長時間労働。具体的な職務を選ぶ自由なし。勤務場所を選ぶ自由なし。仕事で付き合う相手を選ぶ自由なし。
ここまで書いてきて、まるで、学生さんたちが、先日紹介しました『女の一生』の主人公、ジャンヌのように思えてきました。ジャンヌは、ろくに実際の性格も知らされないまま、「修道院を出たら結婚するものだ」ということで、問題行動のある貴族のところへ嫁入り。同じように、学生さんたちは、勤務形態の抱える問題についてよく知らされないまま、「大学を出たら就職するものだ」ということで、大企業・公務員に就職。よく似ています。
(2)自己実現
一方で、「学生は、自己実現できる仕事を選ぶべきである」という言葉も聞きます。
自己実現とは、「自分の可能性を最大限に活かすこと」。
上記のように不自由な勤務形態のなかで、どういったかたちで自己実現ができるのでしょう。
しかも、自己実現とは、多種多様な「生きがい」のうち、ひとつの要素に過ぎないといいます。
更に、自己実現の対象は、ひとりのひとについて、2つ以上がありうるそうです。対象Aが満足したら、対象Bへ。対象Bが満足したら、対象Aへ。そのように対象を交互に変更して生きてきたひとたちの記録も載っています。いまの学生さんたちがする進路選択は、対象をひとつに絞り込むようになっているのではないでしょうか。
さらに、「生きがい」は、本来、収入や実益を超えたところに見出すものであるそうです。そうなると、これから生計を立ててゆくための就職活動において、不自由な勤務形態に就くことを前提として、その選択について「自己実現」(より広い意味の「生きがい」ではない)をキーワードとすることは、問題を限定し過ぎている観があります。
以上、いまの進路選択・就職活動のしくみについて、個人的な疑問を書き留めてみました。
とはいえ、人間、誰しも、自分の選びたい放題に、自分の人生の進路を選んでゆくことができるわけでは、もちろんありません。「あぁ、自分の思い描いていた人生と、現実の人生は、違ってしまったなぁ」。そう思うひとのためにこそ、この本は書かれています。
これから、人生の交差点にさしかかるひと。人生の交差点を過ぎて、自分の歩んだ道を振り返りたくなったひと。そういうひとたちにも、おすすめしたい一冊でした。
※ いまの就職活動のしくみのなかで、どうやって仕事を選んで、その後の職業人生を生きていくべきか。そのひとつの答えが、宮崎駿さんの映画『風立ちぬ』でしょう。自分が立てた目標のために、組織からの協力を取り付けていく生き方。このことについては、考えがまとまったときに、あらためて書きます。
※ 追記。肝心な問題。「認知症等により、生きがいについて考えることが難しい状態になったひとが、またあらためて生きがいを見出すには、どうしたらよいか。これは私たちに残された課題である」。うーん、やっぱり、一定の「考える力」があることが、この本でも前提になっているんですね。「しかし、野原に咲く花の一本一本が美しいように、そのひとたちの生命にも価値がある」。その通りです。