【映画】『星めぐりの町』

※内容に関する記述があります※

『星めぐりの町』
http://hoshimachi.jp/

監督の黒土三男さんは、立教大学OB。気になっていた映画。ふらっと観てみました。

ずっと助演男優だった小林稔侍さんが、初主演。豊田市の山奥に住む、おじいさん。お豆腐屋さん。こだわりの手作り。
このおじいさんが、遠い親戚ということで、東日本大震災で家族を失った少年(5歳)を引き取ることになる。少年は、ずっと黙ったまま。出した食事もとらない。
しかし、おじいさんは、「この子を救ってあげよう」ではなく、「自分から立ち直るまで見守る」。
居場所を確保する。衣食住を確保する。一緒に食事をとる。自分の仕事を見せる。自分がどんな人間関係のなかで生きているかを見せる。「お前も豆腐屋になれ」なんて言わずに。
緑の豊かな自然のなかで、季節が過ぎてゆく。少年は、少しずつ、自分から動き出す。

少年の悲しみに共感する場面が、よかったです。
「つらかったろう。泣け。泣きたいときには泣いていいんだ…」
一緒に涙する稔侍さん。観客(ほぼ全員、おじいさんおばあさん)たちも、すすり泣き。私まで、つられてしまいました…(T_T)笑

居場所を確保する。
そして、自分から動き出すまで待つ。その待ち方も、「じきに動き出すだろう」どころでなく、「1年が10年でも」といった印象。本人にとって、そのときがやってくるまで待つ。根底にあるのは、本人の生きる力への信頼。信頼の有無は、「見守り」と「ほったらかし」の違いでもあります。
動き出しても、そのまま、だまって見守る。支えが必要なときに、そっと支える。
このおじいさんの姿は、以前、読んだ『ハッピーバースデー』(金の星社)に出てくるおじいさんと、よく似ています。
ここまで書いてきたようなことが、父性においては大事なのかもしれません。
また、考えてみると、「仕事している姿を見せる」ということも、本来の意味合いとしては、親として「狩りの仕方を見せる」ということなのかもしれません。

それにしても、この映画といい、『ハッピーバースデー』といい、どうして、子どもの立ち直りを支える人物は、「お父さん」ではなく「おじいさん」なのでしょう。
そんな疑問を抱えて、河合隼雄さんの『家族関係を考える』を読んでみたら、こういう趣旨の記述がありました。「日本の親子は、母性原理を中心とした関係。父性原理は、祖父と孫との関係で補完する」。おぉー、点と線!
ただ、そうなると、日本の家族のなかでの、お父さんの役割とは…?

あと、おじいさんが「お前は、どんな気持ちなんだ」とか「お前は、どうして立ち直ったんだ」とか問わないところもよかったです。
臨床心理士・岩宮恵子さんの『生きにくい子どもたち』にも、こういう趣旨の記述がありました。
「カウンセラーは、子どもたちに寄り添うだけ。子どもたちが立ち直ったとき、『どうして良くなったの』とは問わない。それは子どもたちにとっては余計なこと。あとはカウンセラーが一人で考えればよい」。
自然に、そういう態度をとることができるおじいさん、いいですね。

気になった点。母親の不在。設定では、おじいさんの奥さんは、既に他界したことになっています。もし、この家庭に母親がいたら、この物語は、どうなっていたのでしょう?

穏やかな、いい映画でした(^^)

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