【読書】田中靖浩『良い値決め 悪い値決め』日経ビジネス人文庫

田中靖浩『良い値決め 悪い値決め』日経ビジネス人文庫 た-14-2 2018.11.5
https://www.nikkeibook.com/item-detail/19879

 いまの時代、ネットで集客しようとすると…
1 すぐに内容をコピーされる
2 競争相手が増える
3 値下げ競争に巻き込まれる

 特に士業は、変動費(売上げに比例して発生する費用)が少ないため、いくらでも値下げできる業種であり、過度な値下げ競争に陥りがち。

 ただ、値下げが成功するには、値下げに伴って、大幅に販売個数が増加する必要がある。従って、販売にあたっての作業も、大幅に増える。値下げのためには、販売個数の増加、それに伴う販売作業の増加に向けて、自分の余力が、どれだけ残っているかも、勘案しておくべきである。
 なお、変動費ではなく、固定費が中心となる事業においては、「販売個数が増えれば増えるほど、1件あたりの固定費が小さくなる」という、個数と費用との関係が存在する。

 一方、値下げを避けて、事務所の固定費から、各種案件についての単価を設定しようとすると、それはそれで「販売する側の都合による単価」となり、「顧客目線の単価」とは、一致しなくなりがちであることにも、注意が必要である。

 いまの時代、値決めのために大事なことは、「顧客に、気持ちよく、高い価格を支払ってもらうには、どうしたらよいか」を考えること。
 かつて、高度成長期の日本では、「良いものを、より安く」が主流だった。いまの時代は、「良いものを、より高く」が主流となるべきである。

 このような値決めのために、アメリカでは「行動経済学」が発達してきた。心理学を取り入れた経済学。
 単純に値上げするよりも、同じ価格で、中身を減らす。
 または、「まとめて購入すると、1コ無料」で、お得に感じさせて、まとめ買いを促し、その分、利益を膨らませる。

 行動経済学に基づいた、典型的な販売方法が、クルマについてのセールスである。セールスマンたちは、「このクルマを使って生活している自分」というイメージを顧客に抱かせ、そのイメージを実現するために、そのクルマを購入させる。

 行動経済学の観点からすると、これから重要になる販売方法は、下記の通り。
1 顧客と共感する
2 個人的な魅力(コピーできない魅力)を感じさせる
3 居心地の良さを提供する
 この通り、これから重要になる販売方法については、男性的で論理的な感性よりも、女性的で共感的な感性のほうが、必要となる。

 ※ ステレオタイプな男性観・女性観ですね…

 たとえば、往年のロックスターたちは、ネットで楽曲がすぐにコピーされ、売れなくなったので、コンサートの機会を増やしている。そのコンサートで、顧客にスターとの一体感を抱かせ、その場で記念品やグッズを購入させている。

 また、行動経済学においては、「損失回避」の概念も、重要である。「損失回避」とは、「ひとは、利益を喜ぶよりも、損失を悲しむ傾向の方が、強い」という概念である。
 ひとが、その損失を回避するために、解決するべき問題について、いったん、その問題からくる悩みに共感してから、解決を提示する。
 このように顧客に対応することで、顧客は満足して、「その金額が高いか低いか」を主眼とせずに、その商品・サービスを購入するようになる。

〔中島コメント〕

 経営上、参考になる一冊でした。

 いままで、私は、日本司法書士会連合会が提供する「報酬アンケート」の平均値に基づいて、自分の報酬を設定していました。しかし、このアンケートの結果として出てきている数値は、「価格競争を経た上での金額」(過度に安くなった金額)なのかもしれないという印象が、個人的にありました。

 一方で、私の事務所の固定費から逆算して、報酬体系を設定しようとすると、「こちら側の都合からした金額設定に、どれほど、顧客の方々に応じて頂けるか」という点が、いつも、悩みどころとして出てきていました。

「顧客の方々が、気持ちよく報酬を支払ってくれる仕事は、どういう仕事か」
 その目線で、自分の主な仕事を設定して、顧客の方々に提供してゆく視点が、やはり大事なのでしょう。
 そのためのキーワードが「問題解決」であることも、個人的には、納得のゆく話でした。いままでの自分が目指してきたことも、「顧客の問題の解決」ひいては「社会問題の解決」でしたので、著者さんが同じ方向を示していることに、親しみを覚えました。
 まとめますと、これから、私自身の問題解決能力を更に高めてゆくことが、顧客の方々から、より気持ちよく、報酬を支払って頂くためにも、大事なことなのでしょう。

 個人的に、読んでいて、気になったことは、「心理学が、顧客に商品・サービスを購入させるために、利用されることがある」ということでした。
 この利用方法は、「相手の心理を操作する」という視点に立っています。
 しかし、いままで私が触れてきたカウンセラーさんたち・精神科医さんたちの言葉からしますと、悩み相談においては、「相談者が、自分自身で、自分の抱えている葛藤に気が付くこと、そのことを手伝うこと」こそが、大事であるようです。
 クルマのセールスのように、「本当は購入する気のなかった商品について、購入意欲を掻き立てる」という販売手法は、心理学の応用方法としては、適切なのでしょうか。
 心理学を応用した経済学である「行動経済学」は、つまるところ、「どんどん消費しなさい」という方向に、ひとびとをけしかける、「欲望の解放」のための経済学なのかもしれません。
 行動経済学の発祥の地が、アメリカであることも、気になります。アメリカは、新自由主義の中心の地でもあります。
 「自由」の意味について、憲法学者の樋口陽一さんは、政治学者の丸山眞男さんの言葉を引用して、それが「欲望の解放」なのか、「規範の創造」なのか、その区別が重要であるという趣旨の指摘をしています。
 「行動経済学」の応用にあたっては、それが顧客の「欲望の解放」につながるものとなってはいないか、注意する必要がありそうです。

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